ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

2019年 日々燗燗

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2019年10月13日
台風19号の爪痕が生々しい。巨大台風は恐ろしいものだ。しかも夜、来ると何もわからず不安だらけになる。
台風被害に遭われ、復旧過程にある方々には、早く平常に戻られることを願います。

editor:東雅夫(Higashi Masao) 『平成怪奇小説傑作集2』 創元推理文庫Fん3-4

今回は二巻目、来月には三巻目が出る。
珠玉の作品集だ、しかし、その当時の状況を反映させる意味でもはずせない作品も出てくる。そうすると、いまさら、これがというものもあるかも知れない。
そこらへんが難しいところで、編者の腕の見せ所でもある。
並べ方の工夫もある。
難しいところだけどね。
読み手としての自分は、地場に沁みつく伝説の物語をいかに料理して華麗に読ませてくれるかにかかっている。
岩井志麻子、浅田次郎や光原百合の作品は絶品である。岩井志麻子の作品は昔、読んだ記憶がある。浅田次郎は嫁さんは読んでいるのだが、わたしはほぼ未読、感心した次第で、他の作品を読みたいと思った。
光原百合の作品は、本気で好みの作品、いい。
最高だと思う作品をあげておこう。
「トカビの夜」 朱川湊人だ。
収録されていた『花まんま』を出版当時読んでいたのだが、忘れていて、今回読んで、いい話だと思ったところで、当時も感心したことを思い出した。
いろいろな意味で、深い。こんな作品書いてしまったら、どうするのだろう、これを超えるのはしんどいよなあと思ったもんだ。

三巻目が楽しみである。

2019年10月11日
ノーベル文学賞はポーランド人作家のオルガ・トカルチュク(Olga Tokarczuk)とオーストリア人作家のペーター・ハントケ(Peter Handke)に決定された。
ノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature) 1901年-
に2017年までのはまとめてあります。
で、2018年度がオルガ・トカルチュクで、2019年がペーター・ハントケということだそうである。
賞の予想とペナントレースの予想、競馬とか予想ははずれるものである。

『太陽の帝国』 J・G・バラード(J. G. Ballard)を読む。1987年に出たときに読んでいるのだが、忘れている。
映画は見た記憶がない。見ていないと思う。そのうち見てみよう。
バラードの自伝的小説で、悲惨、バラードの小説に出てくる原風景的なものが広がる世界だ。改めて読んでみて、よかった。
若い時と違う読み方ができるものなんだと、思えた。

しかし明日、台風19号が来る。出勤なのだが、恐ろしや。
どないしよう。

2019年10月6日
SFのおもしろさのひとつに奇妙奇天烈、摩訶不思議、驚天動地の世界構築というのがあります。
フィリップ・ホセ・ファーマー(Philip José Farmer)の円形のテーブルがいくつもあるような階層宇宙、全人類がひとつの惑星のひとつの大河のほとりに転生するリバーワールド、他には、どこまで行っても垂直な世界ではいつくばって生きているなかで桃を探す話とか、でっかい丸いテーブルの世界や、平たい地球の物語やら、異世界構築というのはSFの醍醐味でもあります。
『落下世界』 ウィル・マッキントッシュ(Will McIntosh)も、そんなお話。
科学的にありそうな世界よりも、こんなもんありえないだよねという世界を、いかに構築するかがおもしろい。
このパターンでいくと、ほぼすべてのファンタジーが関わってくるし、そこでSFとの線引きをどう考えるかが作者のちからでもある。
この作品は、ある事象ですべて説明してしまおうとしている部分もあり、少々、食い足りない部分もあるが、楽しませてくれた。

なんとなくネットフリックスのドラマみたいで、こちらが毒されているのかなとも思ってしまう。

そういえば、今年のノーベル文学賞が近いそうだ。
昨年はつまらぬ問題で、見送りとなったが、今年は二年分だそうだ。
マリーズ・コンデ(Maryse Conde)とか、残雪(ツァン シュエ)の名前があがっている。
いつもの通り、日本人作家の名前もあがる。
最近は村上春樹氏、翻訳の良い仕事が眼につくように感じている。
けど、日本人が取れるかどうかよりも、おおらかな気持ちで取った作家に脚光が浴びるの良しとしよう。今のところアジア圏なら、残雪かね。

2019年10月4日
『時空大戦』 ディトマー・アーサー・ヴェアー(Dietmar Arthur Wehr)を読む。
一巻目は、なんということもないミリタリーSFか、などと思っていたが、二巻目で、ああ、なんじゃこれは、この急展開は、どうするつもりなのかと思っていたが、三巻目で、こういう展開にしていくのかと、理解できた。
4冊の長さをあきさせないようにしてあるのは、年の功かとも思ってしまうが、いまどき工夫して大長編ものはないと思われるので。
もうひとつくらい、なんかありそうな予感もするが、ミリタリーSFとある有名なプロット、「繰り返し」に無制限に使うのではなくて、少し制限事項を加えているのが、ちょっと違うところ。
直球タイプではなく、ナックルを狙ったんだろうけど、まあ、スライダーかなあという感じ。
しかし、ロマンスはまったく話になっていない、なくともいいだろくらいにしか思えない。そこだけ、今は18世紀か19世紀と思わせられるギャップも、ことによったら楽しいのかもしれない。
4巻目、少し楽しみ。

どうも体調があまり良くない、あいも変わらず足の裏が痛い、なぜなのかわからないが困ったもんだ。

September(9月)

2019年9月28日
消費税があがるので、買いだめ、キャッシュレスだのと、とってもうるさいのだが、基本的に金のないひとには、税金があがる前に買えるわけがないのであって、所詮、金のあるひとしか優遇されないようになっているらしい。
税金の歴史は2千年以上にあるわけで、こんな複雑な税制度にする前に、シンプルかつ理解しやすいものにしろと思うだが、そうすると税金の集まる金額がわかりやすくなるので、政治家は困る。
できる限り複雑怪奇、魑魅魍魎の徘徊するような税制度にしておいて、集めた金額もわかりにくく、なおかつ使うほうもわかりにくくすることが、奴らの陰謀なのである。
政治家なんて職業は、「命かけろよ」と思う。「公約は守れなかったら、死んでおわびを」なんて言ってるやつほど、いけしゃあしゃあと生きている。
『公約は守れませんでした』っていう看板でも首からぶら下げておけと思う。
「消費税を10%にした○○でございます」、選挙の時にはそう言ってほしいものだ。そんな気概も根性もないのが政治家だけどね。

『物体E』 ナット キャシディ&マック ロジャーズ
ラストまできて、思わず、「ケッ!」と言ってしまいそうになったのはやばい。たまにある辛抱しながら読んできて、それでも「あれれ」と思う類のものではあるのだけど。
消費税もあがるので、こちらも殺伐としていたのかもしれないが、、、、

チャールズ・L・ハーネス(Charles L. Harness)の『パラドックス・メン』を読む。
す、す、すいません、なんか読めなくて、もうしわけありません。ワイド・スクリーン・バロックなんですよね、あのワイド・スクリーン・バロックなんですよね。
大好きなんですよね、大好きなんですよ。
でもですね、なんか頭に入ってこないんですよ。たぶんわたしが劣化してしまったのでしょう。もう、今のレベルは1930年代にまで落ち込んでいるようです。2010年代の最後の年になって、頭脳が徹底的に後退してしまって、1930年代にまで落ち込んでしまったようです。
ですので、1950年代の先鋭的な作品がまったく受け付けなくなっている自分に驚いているわけです。
いけません、先鋭的な作品を読めないなどというアホな事態を想像すらできなくて、とてもくやしい状態でございます。
昨日の状態から明日の状態で飛んでみるしかありません。
はたして、うまくいくのでしょうか。
ああ、もうしわけありません、ハーネス様、中村様。。。。。。。

2019年9月22日
アニメ『彼方のアストラ』を見る。
遭難、漂流ものは、昔から好きでして、『銀河漂流バイファム』以来の漂流アニメが見られるかと期待しまして、ネトフリで見た『ロスト・イン・スペース』も、またけっこうおもしろくて、昔の『宇宙家族ロビンソン』を思い出しました。
あまり古いものは再度見ないようにしてます。なぜなら美化されてしまって、見ると「こんなもんか」とつぶやく自分が悲しいもので。
『彼方のアストラ』ですが、オーソドックスな宇宙漂流ものかと思いきや、それなりに仕掛けが満載されてます。
ネット上では様々な意見があるようですが、わたしはSFであると思います。SFの様々な要素が詰まり、うまく消化されていて、しかも、あの長いエピローグ、いいですね、切れ味抜群の終わり方も好きですが、こんなにたっぷりとエンディングをやってくれるというのがたまりません。主観によって変化する作品のようで、そこが魅力だろうと思います。
ジャンル分けされても困るようなおもしろさがあれば、それは傑作の香りというふうに思います。

ネットフリックスで『上海要塞』を見る。
中国の作品、『三体』とかで、騒がしいのだが、前にネットフリックスでは『流転の地球』を見ているが、途中でやめてしまった。
今回は、期待してみたのだが、中国版『インデペンデンスデイ』なのである。『インデペンデンスデイ』は好きなのである。単純オバカなストーリーに、アホな展開、ご都合主義に塗れた実に実にいい。
『上海要塞』は、なんか違う、薄っぺらいキャラクターの、自分の才能に気づいていない女性上官にあこがれる若い男の子の主人公、どこやらか持ってきた新規燃料源に導かれる異星人、対抗する地球は上海以外の都市は壊滅。
でっかい大砲で撃ってしまおうというのは、Q砲を思いだしてしまいました。『レンズマン』シリーズ Lensman Series エドワード・E・スミス(E. E. Smith)をご存知ですか。
1930年代の作品ですが、おもしろいです。
大がかりな展開は期待していないけど、なんかワクワク感がない。登場人物がよくお亡くなりになるのには、なんでここまでと思うのだが。
それと主人公たちの住んでいる場所の雰囲気と、生活の場なのかなと思うシーンが出てくるが、違和感を感じすぎ。
豪華なものの裏はべニア板でしたみたいな感じがして、違う世界を見せられているような感じもある。
SFXはよくできているのだが。。。。
ついでに中国以外の国は、無視、中国近傍の国も、わずかに東京という言葉は出るが、一瞬で壊滅。かの国の本音が見えるようで、ま、アメリカもまた、そんなものか。

2019年9月18日
『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』 編集:大森望/日下三蔵 創元SF文庫

「だからさ、オレの書くのがSFなんだよね、それでオレの書いたのは傑作ばかりなんだよ、なんでオレのが選ばれないんだよ。選んでいる方法が間違っているのか、もしくは…」
「いいえ、わたしの書いてるものはSFではありませんので、丁重にご辞退申し上げます。しかしですね、ひとつ聞いておきたいのですが、なにゆえにわたしの作品を選ばれたのでしょうか、わたしとしては、そんな疑問を持つと至りました。わたしはSFなるものを意識したこともございませんし、かようなものを書こうとも思っておりません、しかし選ばれたのですよね、そのなぜかというのが、わたしにはとてもとても謎でありますので、やはり聞いておきたいと思うのですが、なぜに選ばれたのでしょうか、いえいえご辞退は致しますが、それが少し納得できませんので、是非とも聞いておきたいと思いまして…」
「なんだよ、去年選んだのに今年は選ばないのかよ、どういう基準なんだよ、これは僕の最高傑作だよ。それを理解できないのかよ、まあ、もう、ありえねえだろ、書いた本人が去年の作品より良いと言ってんだよ、書いた本人が言うのは間違いないんだよ、どこを見ているんだよ…」
「コツコツと書き溜めてきた作品を自費出版してお送りしたのに、なぜ掲載していただけないのでしょう。なんでも送ってくださいと言われましたから、お送りしたのに、渾身一滴の作品たちは、血と汗です。それを理解いただけないのでしょうか、わたしの血と汗とお金で造ったこの作品集は、なんの価値もないと言われているように思います。なぜですか、どうしてですか…」
「なんだよ、傑作選なんだろ、もっと金よこせよ、なんだ、これは、名誉でやってんじゃねえぞおおお…」

たぶんイロイロあったと思います。12年間お疲れ様でした。
翻訳もんを読むのに忙しい自分にとっては一年間の日本SFを概観できるので、とてもありがたかったです。
しかし編集作業、様々な想いを被る状態には、とても気苦労もあったと思われまする。
労力に見合うものは、だれもがほしいものですが、そこはグッと堪えて、このジャンルのための貢献です。
わたしも個人的には苦しい12年でした。一冊一冊、その想いを感じさせてくれる12冊になりました。
ありがとう。お疲れ様です。

でもですね、いずれ復活することを期待しておきます。

2019年9月14日
平井呈一(Hirai Teiichi)の翻訳作品を集めた『幽霊島(ゆうれいじま)』平井呈一怪談翻訳集成が出た。

怪奇小説は、ないものをあるように書くという基本的な難しさを抱えているので、どうしても表現を磨かなくてはならない。
怖がらせられるか、笑わせられることができるかどうかが小説家としての一流と二流の境界であると、誰かが言っていたように記憶している。
怪奇小説、ユーモア小説は、売れている、もしくは過去の文豪は、だいたい書いているものであるという。
昔から、怖い物語は貴重なのです。また傑作も多いのです。

この本は海外の有名どころを集めたわけではなく平井呈一氏の翻訳した作品を収録したことで、まったく読めそうもないなと思っていたものが、収録されていて、びっくり。
誠に、ありがたやでございます。
さほど熱心な収集家ではないので、非常に中途半端なコレクターでもあります。なぜかというと完璧を求めると空間に困るという事情です。デジタル化という非常にありがたいこともできますが、やはり本で欲しい。
空間もさることながら、その資金にも配分が困るという、ああ愚痴ですね。

平井呈一の訳を収録順に読んでいくと、あれというような部分もあり、作品的な仕掛けもおもしろく、訳業や書評も収録されています。
某作家にいじめられたらしいんですが、本人にも責任はあるのかもしれませんが、某作家よりも、わたしは平井呈一の訳業の方がはるかにはるかに、良い仕事に見えまする。

『真夜中の鏡』も、昔読んで好きになった一冊ですのでお勧めします。

台風被害に遭われ、まだ復旧過程にある方々には、早く平常に戻られることを願います。

2019年9月8日
『ビッグデータ・ベースボール -20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』 トラヴィス・ソーチック(Travis Sawchik)
今回は、角川新書化に合わせて読んだ。
細かいデータによる野球改革が書かれてある。
メジャーもかなり肉体的な部分に頼って野球をしているんだなというのは、セイバーメトリクスの『マネー・ボール』を読んだときに思った。
データというと、なんともアメリカ的かなと思えるのだけど、そうでもないんだという部分がある。データを集めたとしたら、そのデータをいかに活かすか。
この部分が、人間的になり実践をさせることの難しさがある、特に、一球ごとのシフトなんて、なかなかできないではないか。
長年親しんだものを壊して、新たにチャレンジさせ、実績を残すのは、相当な覚悟と度胸が必要で、言ってはなんだが、これ以上、落ちようのない球団だからこそ可能だったんだよねと思う。
やってることは、『ドカベン』で見たことあるよなあと思える。
ピッチフレーミングでのキャッチング技術などは、山田太郎のシーンが、ずっと頭にあった。
大リーグに行った捕手は少ないし、今の日本の野球でも、凄い捕手は少なくなっているのかもしれない。
細やかな野球は日本にも向いているようにも思うだが。
U-18も苦戦してしまったし、ご贔屓のチームは、ただいま低迷中、実際の野球を見る気にもならないので、本を読んでいる。
あ、監督やめるって、あ、こっちはまた鉈を振るっているし、まだペナントレースは終わってないんだよ。

台風も近づいている、困ったもんだ。

2019年9月4日
『虚妄のAI神話 -「シンギュラリティ」を葬り去る』 ジャン=ガブリエル・ガナシア(Jean-Gabriel Ganascia)
『そろそろ、人工知能の真実を話そう』の文庫化にあたり、改題。

理想化された未来は、そう簡単には到来しないと思っているが、AIにすべてを奪われると思っているひともいるようだけど、人間の仕事が片っ端から奪われるわけではないと思うし、複雑怪奇なこの世界をよほど、単純化しないかぎり、無理な部分が多い。
なんにせよ、いきなりは「シンギュラリティ」は来ないように思える。ここまで分析、構築が進んでいると、いきなりのドッグイヤーは到来しにくいと思われる。
人間の平均寿命が延びるにつれ、次の進化が遅れているようにも感じられるのは人類の進化としての行き詰まりかなんて思ってしまう。
進化の前に、進歩、変化、改革という部分が社会的な保守傾向と相まって、なにやらきな臭いというか、詰まっているようにも感じられる。
右肩上がりの世界は既に到来しにくくなり、社会でも化学でも技術でも思想でも、我らはどこへ向かうのだろうね、答えは誰も持っていない。
書名は扇情的だが、中身は、そんなことを再確認させてくれる。

2019年9月1日
『2001: キューブリック、クラーク』 Space Odyssey マイケル・ベンソン(Michael Benson)
最初に見たキューブリックは『シャイニング』である。『2001年』ではない。『2001年』で覚えているのは、子供の頃に見た映画ポスターである。同年公開は『ガメラ対バイラス』で、たぶんそっちを見ているはずである。
同年、『猿の惑星』や『怪獣総進撃』も公開されているが、記憶にない。
宇宙ステーションに着陸しようとする『美しく青きドナウ』の流れるあのシーンがポスターで、なぜか子供心に覚えている。
公開され50年、いまさらなにかあるのかと思いがちだが、一読、びっくり、作家としてのクラークよりも個人としてのクラークが書かれている。この作家のエッセイはどこかしら奥歯にもののはさまったような形容を常に感じていたものである。なぜだろうという「?」は多かったが。どこやらで、その謎は解かれていたが。
クラーク側から書かれた『2001年』には、常にそれ以上のもどかしさを感じていたものである。これを読んでよくわかる。ほぼすべての関係者が亡くなるか、危うい状態にある中で、ここでしかない真実を語るチャンスを使ったようにも感じる。
不名誉な金銭関係やプライベートも明るみに出れば、「そういうことでしたか」で終われるのは時の流れの強みだろう。
赤裸々に語られるなかで、とても不思議に思ったのは「史上最強のSFを作ろう」とか「最大の問題作を作ろう」とは監督は言ってないようだ。そういう鼓舞の仕方はしていない。今、できる最高のパフォーマンスを求めることだけで、自分の作品を歴史に残すとか、そういうところでないものに付き従う感じがつよい。
それが、キューブリックという監督なのかなとも思う。
本の力は偉大だ。思わず、映画を再び見てしまった。
天才なのだろうと思えるが、場面場面の構築力と、それにこだわるパワー、人でなしのようでいて、人でなしでない人間力、そんなものを感じさせられた。

ちなみに流石にわたしもこの訳語はないだろうと思われる部分が散見された。
本の価値を低めはしないが、ひとによっては気になるか。

August(8月)

2019年8月28日
『平成怪奇小説傑作集1』 editor:東雅夫(Higashi Masao) 創元推理文庫Fん3-3 2019/ 7 ISBN978-4-488-56406-3

平成を30年で10年ごとに区切り、1作家ひとつとして30年の怪奇小説を集約する。
すごい作業だと思う。このひとでなければできないことだと思う。
さて、なぜ、怪奇小説を読むのか、怖いもの、得体のしれないものを見たい。ひとの心の深淵を見てみたい。
得体の知れないものが、怪奇小説の基本なのかもしれない、クトゥルー神話、わけのわからない物体の姿。
姿は見えない、むしろ朧なる姿が垣間見える恐怖、それがひとの心の不気味さと合う時に、恐怖の物語が生まれる。
忘れてならないのは、その土地土地の土着の物語の恐ろしさだ。
おとぎ話、伝説で伝えられる物語、やってはいけないこと、そうした太古からの根差した恐怖、それは物語の段階では怖い。
「お供え」の怖さは、これである。
少し、考えてみよう、これがエスカレートして国としてこういう物語を語るようになった時、ひとはどう生きられるか、どうできるのか。
そこに凄い怖さを感じる。

「正月女」は土地土地の伝説に埋め込まれる物語だ、「復讐するは我にあり」だ。

日本は水に囲まれている、海であるが川はそこに繋がる。
「抱き合い心中」や「すみだ川」の怖さは常に、水のある環境に起因する。
ともかく、レベルの高い作品ばかりを読むのは、非常にインパクトが強すぎる。だが忘れられない物語を提供してくれるだろう。
ご一読を。

2019年8月24日
今週、大腸ポリープの切除手術をした。内視鏡手術とはいえ、体のダメージはやはりある。「お泊りしますか」の声も振り切り、家に戻ったけど、あれも食べてはいけない、これも食べてはいけないで、力も出ない。
日頃の生活が大事なのねと思うものの、しばらくたてば、喉元過ぎれば熱さを忘れるかなとも思う。
くたっとしていたので、あまり読む気にならず、リストの方は、アドセンスの広告の余白を広げたり、ローマ字表記の日本人名のチェックをしたり、長音部分にはマカロンをつけてます。
独自方式みたいにしてましたが、よりヘボン式に近づけました。たぶん、それが良いと判断しました。異論はあるかと思いますが。訓令式の方を推奨してるのもよく見かけますが。
あと問題は短篇集の収録作品の表記の問題、並びに、並び方の余白の問題、少し手をつけねばと思いながらも、そのままになっている。
あいかわらず収益は下がりっぱなし、どこに問題があるのでしょう、さっぱりわからない。
こちらは長期戦。

また暑くなった、いったいいつまで暑いのか、台風が心配である。

2019年8月18日
アドセン*だけど、売り上げ低迷中、いやなんというか、本当に厳しくなった。けっこう嘆きがネット上にあるが、身に染みる。
「重複するホスト名でデータが届いています。」という警告が、あれやこれややったんだけど、なかなか対応できずに困っていた。
フィルターで設定して、ようやく警告が出なくなった。
対応はフィルタで「フィルタの種類「カスタム」を選択」、「「検索して置換」を選択」、「フィルタフィールドに「ホスト名」」
「検索文字列に「^www.」」、「文字列の置換は「」」、「フィルタ適用、サイトを選択して「追加」ボタン」
というところ、「。htaccess」などの設定も試してみたが、結果、フィルタの適用だけで済んだ。

はっきり言うと、アドセンスやアナリティクスから警告が来ると胃が痛くなる。「あ~、またか」

「スマホがわかれば、パソコンがわかる。」「?」
そうとしか思っていない節もある一種の「い(I)つまでた(T)っても居(I)座り続けようとする年を取ったひと」がいるのだが、自分も既に老境の域に達しているので、迷惑がかからないように配慮をしているつもりである。
ITIが、ですね、ようやくWindows7から脱却しようとしているんだけど、しかし遅い。
責任者の立場でありながら、せこせこ勤怠をいじってチェックしている、請求業務とか普通の事務作業のフローチャートをまったく理解していないようだし、そうした手順書もないようだ。
ITIはいるだけで、本来行うべき人事計画や、書類のフローチャート、設備更新の計画、短期、中期における社員の動向などを掴み、対応を考慮する、そうあるべきなんだろうけど、まったくしない。
しないではなく、できない、とかく自分のアイデンティティがないひとは外部の研修に頼る。
勝手にこれが足りないんじゃないのと思っているようだ。どうもそれで指導した気になっているようだが、行った方は違うよねと思ってしまう。
そこに問題があるのだよ、と、あ、これはあくまでも一般論であって、個々の事象の話ではございません。
ともかく、ITIは、だめなことを繰り返し、蓄積されていく。

トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)の『重力の虹』上下、2巻本が新訳で出た。
欲しい、でも二冊合わせて9000円、しかも煉瓦本、本屋でちょっと試しに二冊持ってみたが、重い、あ、本屋さんの本は大切にしましょうね、商品ですから。
しかも中身も煉瓦なみにハード。
前回の時は、流石に買えなかった、無色透明男だったので、しかし、これじゃおいそれと購入できません。
そもそも持ち歩けるレベルじゃないよ。
ここだけの話、一度は国書刊行会の時に読んでいるんだけど、まったく記憶にあらず。
ただいま悩み中…

2019年8月14日
『危険なヴィジョン』 Dangerous Visions editor:ハーラン・エリスン(Harlan Ellison)が、完結した。
エリスンの「少年と犬」を読んで、衝撃を受け、その作品を探すうちに『危険なヴィジョン』の存在を知り、以来40年以上、前に一巻目が出てから36年。
ようやく読めたわけだけど、改めて全部読んでみたけど、既に訳されていた作品がいい、ディヴィッド・R・バンチ(David R. Bunch)の作品を読めたのは良かった。
「紫綬褒金の騎手たち、または大いなる強制飼養」 Riders of the Purple Wage フィリップ・ホセ・ファーマー(Philip José Farmer)も改訳されて、前よりもおもしろく読めた。
正直言うと、半分ほど、何が書いてあるのかわからねえ、なんじゃこりゃと思いながらも読んでいたのだが、辛抱するとおもしろくなった。普通の小説を読むとすると難行苦行としか思えないのだが。
『フィネガンズ・ウェイク』 Finnegans Wake ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)でも再度、チャレンジしようかなと思ってしまった。
いやいや『ユリシーズ』 ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)の方が先か。
「性器(セックス)および/またはミスター・モリスン」 Sex and/or Mr. Morrison キャロル・エムシュウィラー(Carol Emshwiller)は、単行本でも読んでいるのだけど、印象が違う。
翻訳によってまったくもって違うのだけど、前の単行本が見つからない。酒井さんの訳の方がすんなり読めた。
「男がみんな兄弟なら、そのひとりに妹を嫁がせるか?」 If All Men Were Brothers, Would You Let One Marry Your Sister? シオドア・スタージョン(Theodore Sturgeon)
これはSFでしょうか、エッセイでしょうか、これ以降のスタージョンは確かに復活し、良い作品も残す。出版された日本語の短編集にまったく入っていないのが気になっていたけど、これではね、問題作なのは問題作なのだが、うーむ。
と、いうことで、テレビドラマ屋上がりのSFヲタクのエリスンが、自らの地位とヲタク度とファンダム内での知名度を利用したエリスンにとっても「危険なヴィジョン」であったはずのアンソロジー。
ジャンル外にも顔が効くことをアピールしようとしたのか、箔付けを狙ったのかはわからないが、そのくらいのことはするよねとは思う。

懐古主義ではないと思うのですが、1960年代後半、小説や映像が表現することによる力を現代よりも持っていたのではないかと思う。
どのように理解してもらおうか、いかに納得させてみようかという思いが強かったように感じる。
「こんなことも知らないのか」「何を勉強してきたんだ」「この程度を理解できないのか」などという言葉や、そんな表現もせず、もっと理解させようという表現をしようし、もっとわからせようという努力をしているように思う。
行動の前に言葉があり、言葉があって、また行動がある。そういうところを感じる。
いまは、言葉もなく、説明もなく、一歩も立ち止まらず、ただひたすら行動あるのみというのことが多いように思う。
現在、この『危険なヴィジョン』は危険でもなくなっているのかもしれないが、別の「危険なヴィジョン」が湧き出てきつつあるように思う。
人間が理解し、より多くに伝えるためには、言葉が大切であると思う。粗暴な行動だけが優先され、理性的な会話が低いレベルにある。50年前より、遥かに後退しているのではないかと思える。
当時、インパクトのある作品たち、いやインパクトだけではなく小説的にもおもしろい作品を読んでみてほしい。
傑作ばかりではないのは確かだけど、1960年代の時代と、今を行ったり来たりできる小説というタイムマシンでもある。
1960年代と現代とを検証できる鏡のようにも思われる。

2019年8月11日
台風は近づいているし、連日35度以上の猛暑だし、「去年よりまし」というひともいるが去年のことなんか、「そうだっけ」くらいに思い出せない。
相変わらず、足の裏は痛いし、体重落とさなきゃとも思うし、へこむ。
『パプリカ』という曲が子供たちに人気なんだってという記事を読み、米津玄師じゃんと思いつつ、聞いてみる。
子供たちに人気が出るのは、「?」
大人になったというより老境の域に達したこちらからすると、「なんでだろう」と懐かしいネタ(本人たちは営業でがんばっている、地味に清潔感で使いやすいんだろうなと思う)みたいなセリフが出る。
子供たちに受けようとしても受けないし、計算できないのもおもしろい。

米津玄師といえば、ボカロ時代の「ハチ」、なんとなくボカロも聞きたくなって、YouTubeで探す、古いものもリメイクされていて、出るわ出るわ、あーこりゃ全部聞いていられないよねと思う。
今から7~8年前は、ゆっくり探せたものであったが。
声的には、初音ミクより鏡音リン・レンの方が好き、初音ミクの声は万人向けするのは確かだけど、インパクトが物足りない。
初期の傑作の『初音ミクの消失』とかさ、テクニックで聴かせるものは癖があるよりない方がいい。
「ハチ」の『パンダヒーロー』からはじまって、鏡音リン・レンの『悪の王女』『悪の召使』とか、GUMIの曲やらも聴いてしまった。
巡音ルカの声はあまり好みではないんだよなあと、しかし、切りがないなあ。
『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』妙に耳に残っている。

2019年8月4日
まるでPKDの主人公になったかのような状況で、足裏は痛いは、大腸ポリープはあるわ、働かなければならないは、散々な状況であるが、悪運の強さなのか、なんとか最悪の状況をしのげそうではなるのだけど、きついなあ。
大腸ポリープの切除手術を受けるのは二回め、「赤い卵」 The Red Egg ホセ・アリヤ・ヒロネリヤ(Jos Maria Gironella)ってすごくマイナーな作品があって、後世に残る傑作ではないのだけど、そのなんというか「癌細胞」と思しきものが漂うイメージは、十二分にインパクトがあった。
なんか切除っていうと、そのイメージがつきまとう。
今週は、歩くのも難儀しており、仕事のプレッシャーやらストレスが半端ないので、読みきれたものがない。
ハーラン・エリスンの『危険なヴィジョン』は二巻目で、三巻目が楽しみなのだが、二巻読んだところで、『危険なヴィジョン』とぶちあげるほどのものでもなかったのではないかと思うのであるが、一巻めの時から、思ったよりもはあったのだけど、ゆっくり読み返していると、良質な作品もあるけど、なんでってものもある。それはしかたないか、しかし一発ゲイはないよねえ。
マイケル・ベンソンの『2001:キューブリック、クラーク』を読んでいる。えらく高い本でして、どうしようか迷ったんだけど、『失われた宇宙の旅』とか読んでいたので、付け加えられるものがあるようにも感じられないのだけど、と思いながらも、多少安い電子ブックで読んでいる。
詳細な状況を丹念に追う姿勢は好感を持てる。
最高のSF映画を追うのは、楽しいことでもある。こんな才能のせめぎあうような作品は二度とないんだろうなと思いつつ、あ、あれ、
なんてこった『危険ヴィジョン』も『2001』も60年代じゃないか!

July(7月)

2019年7月28日
鏡明、もしくは岡田英明、最初は、ロバート・E・ハワード(Robert E. Howard)の訳者として覚えた。
のちにSFマガジンのコラム、紹介記事、『本の雑誌』のエッセイ、目につけば読んでいた。広告業界で生きながら、文章も発表し、好きな小説を訳す。
うらやましい限りである。生まれは昭和23年だから10歳上の、天高きにそびえるエースだ。
挫折ばかりの頭の悪い自分と違い過ぎるじゃないかとひがんでもしかたがないのかもしれないけど。
『最後のユニコーン』 The Last Unicorn ピーター・S・ビーグル(Peter S. Beagle)とか良い訳書がある。

『ずっとこの雑誌のことを書こうと思っていた』 鏡明、フリースタイルから2019年7月3日。
マンハント(Man Hunt) 1958/ 8-1964/ 7の話である。編集は、中田雅久。
古本屋を周るようになって存在を知った。ヌードピンナップがついてたのは知っていたが、既に大学生になっており、だいたい切り取られていたが、たまにあるものもあり、「何、これ」と思ったものである。
内容をろくに見ずに、そのころはSFを追っかけるのが精一杯であり、ミステリまでは手が出なかった。
膨大な物量が出始めた時期でもあり、新刊だけで追いつけなかった。

『マンハント』創刊、その時代の雰囲気を存分に伝えるエッセイ集である。
文体は、軽くふわふわしながら、「書いたものは訂正しない」という姿勢の筆者らしく、気軽な時代の証言的になっている。
おもしろい。
ヒッチコックマガジン(Hitchcock Magazine) 1959/ 8-1963/ 7の方が後だったのに気付いたのは今更だけど。
読みながら、そういえば、小林信彦の『夢の砦』が、途中だったことを思い出した。
文庫版で上巻を読んで下巻が見当たらず、古本屋でもえらい高い金額なんで、そのまま放置していた。10年ぶりくらいに思い出した。
電子ブックは便利だ。早々に読むが、自伝的というより違う目的のために書かれたようでもあり、モデルが気になる。
常盤新平との確執がそれほどあるとは知らなかった。
書評ではずいぶん勉強させていただいたが、『週間文春』のエッセイを読むにつけ、なんか違うという印象は持っていたが、普段いっしょに仕事をしたいと思うようなタイプではないようだ。
狷介な部分がないと書評はできないのかもしれない。

60年代の世界に、浸かってしまった。
いろいろ手直ししたい部分も、この集成で出てきた。けど本業が忙しい、いつになることやら。

2019年7月22日
京都アニメーションの参事、放火火災に際し、被害に遭われたすべての方々に、衷心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。
ガソリンを40リットル、怖さを知らないというか危険性を認識できないというのは、恐るべき事態を引き起こす。
悲惨だ。

去年、見たアニメの中でも『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はとても良かった。映画になるというのは知っていたので、楽しみであった。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は、しっかり見たのは最近である。『境界の彼方』がとてもよかったので、集中して京都アニメーションの作品を見た。
しばらくアニメを見ない生活だったので、間隙を埋めるのがわりと大変であった。
多くの有能なひとたちが行ってしまった。残された作品を見る。なんということだろう。
立ち直るまでには、相当な時間を要するだろうと思われる。育つには、どうしても時間が必要だから。
ひどすぎる。

酷いと言えば、吉本興業の社長会見も酷い。
頭に血が昇って、「おりゃー、おれの言うことが聞けないのか!」とぶちまけたようであるが、10年前ならいざ知らず、時代は変わった。しかも、持ってきた武器が減俸50%。いやいや自分の首でしょう。
しかもこの減俸部分だけ声高になっている。どうだ、聞いたか、この覚悟をしてきたんだぞって、それって独りよがりだよね。
紛糾して5時間をはるかに超える会見である。まずい会見ほど、とても参考になるのだが、用意周到に入念な準備をしていたのはわかる。
わからないのは、その覚悟、何が肝かと言ったら、それしかないですよね、社長さん!

2019年7月18日
清朝崩壊から満州帝国、第二次世界大戦後、文化大革命へと連なる歴史は、昔から興味があってというか、田中角栄と周恩来が握手をした映像を覚えていて、なにがどこが偉大なのか、ちっともわからかった、歴史的瞬間に巡り合っていたんだという歴史観をまったく持たなかった茫洋とした時代を過ごし、ほんの少しの反省とともに世界史を学び始めて、持てた興味であった。
中国の通史というか、始皇帝から三国志は詳しいが、中世部分には、ごそっと欠落があって、近代にはいると、また少し詳しくなるという知識力でしかない。毛沢東がなした文化大革命の姿は、日本人にもあまり知られていないだろうし、欧米にも遠い知識であろうと思う、その点、自国の歴史をうまく取り込んだ点はうまい。
自国の歴史には詳しいが、他国の歴史には関わりがない部分には希薄であるというのは、どこの民族も似たり寄ったりであろう、珍しい中国SFで、そこに歴史観が組み込まれていれば、少しは読んでみようかなと思うに違いないと感じる。
日本は占領、征服した国家であって、なんとなくわかる世界よりも、まったくわかりにくい赤い世界に興味を引き付けられるのも無理はない。
短篇版の「円」でも描写されてたが、ひとの集団を電子回路のように見る見方が出てくる。ジョン・ウー監督の『レッドクリフ』の戦闘シーンでも、回路のように見えるのは確かだし、どこかでそんなことを書かれていたようにも思う。
兵馬俑も整然と並んだ集積回路のような、ひとつひとつ顔や姿は違うが、そんなようにも見えなくもない。
人間チェスという昔ながらのアイデアもあるけども。
ファーストコンタクトものであるし、『宇宙のランデヴー』の三つひとつの進化系である。
中国SFであると特別観をのぞいてみれば…という疑問点はあるが、歴史観、科学性、物語性、三体がうまくかみ合っていると思われる。
『三体』 The Three-Body Problem 劉慈欣(Liu Cixin)

2019年7月14日
あどせんす様より、ありがたいお言葉が。
以下、翻訳。
「おめーっちのサイトについてな、なんか問題があるんだよな、ありがてーあどばいすしてやっから、早急に直してくんろ、ああ、別に直さなくてもいいんだけどよお、その場合、ちっとばかし収益とか今後の対応とかに、やーなことがあるかもしれねえけどな、あんましはっきり言えねえんだけどな、わかるかあ、わかるよなあ。
問題っていうのが、モバイルユーザビリティってやつなんだ。
いくつかのページで引っかかっているんだなあ。
はやーく直せ、直したら教えろ。検証してやっからよお。
あー、でもな、おれっーち、ちと忙しいんだな。少し時間掛かっから、ちと待ってろ。わかったああああ。」

ははあ、あど○○〇様、ありがたいお言葉とともに、訂正致しました。直っておりませんか、おかしいですね。異常はまったくないと思うのですが、え、訂正の仕方が悪いんじゃないかということですか。
いえ、問題のない他のページとまったく変わらないのですが。なぜですか。嫌がらせ、いえいえ滅相もない、そんなことはありえないと思ってますので。
はあ、満足いくまで、訂正させていただきます。なにせ、こわーいこわーい唯一絶対神なのでございますから。


モバイルユーザビリティ→スマホで見た場合でも、問題なく、ストレスなく画面表示がなされる仕様。
当サイトはパソコン画面とモバイル画面の双方ともに同じデザインで見られるリキッドデザインにしてあります。
画像のないサイトなので、言語だけならそう苦労なく組めます。
XML言語でのデータ以外の構成要素は、最低限のコード数にしてあり、ヘッダー部分も不利は承知で無駄をはぶいたシンプルなものにしました。
実際のコードより宣伝コードの方が多いかも。
しかし、毎回、頭痛いんだよな、このコードって教えてくれればいいのに、漠然とした英語直訳調でよこされても、具体的な対応策は限られてるし…。

2019年7月11日
『声の物語』 クリスティーナ・ダルチャー(Christina Dalcher)
『1984年』 Nineteen Eighty-Four ジョージ・オーウェル(George Orwell)に代表されるディストピアもののひとつ。
超監視社会を書いた『1984年』、いやいやそこまではならないよと思うのであるが、SFはディストピアが好きである。
過酷に支配された世界の物語。そこから逸脱していく主人公は、世界は変えることはできるか、はたまた一矢報いることができるのか、という構成が多い、このテーマをメインに据えるよりも、様々なテーマを内包し、複雑な物語性を構築するのに、実に便利なアイテムでもある。
ある世界に墜ち込んだ主人公は、そこは悪の帝王「ジャマーダ」に支配されていた、しかし主人公の存在は「ジャマーダ」に気づかれていない、能天気な主人公はあちこちでトラブルを起こしながら、その世界を改変させてしまう能力を察知したレジスタントに匿われる。なんてストーリーがぱっと思いついてしまう。
安易だなあと思われるが、所詮、物語はそんなものだ。

『声の物語』は女性が抑圧される世界だが、作者はその世界を「ありそうでありえない世界」と捉えているようにも感じられる。信憑性という意味では希薄だ、こうなると厳しい世界だという訴えはわかるが、そこに展開される物語は少しさびしい。
『侍女の物語』 The Handmaid's Tale マーガレット・アトウッド(Margaret Atwood)と比べられると厳しいものがある。
深みとストーリー性は、『侍女の物語』の方が圧倒的だ。ただ、わたしが読んで、すでに30年近くたつので、もしかしたら過去に対して多大な粉飾をしているのかもしれない。

ディストピアものは破滅ものと背腹一体(そんな言葉はないけど)であり、それによる信憑性を増加させるほうが物語的には無理がない。
なにを言っているのかというと、よしながふみの『大奥』のような手法の方がわかりやすい、ということである。

フェミニズムものでもあるのだが、現在の延長線上で描くにしても、もう少し方法があるようにも思う、現実感を存分に出そうという努力はわかるけど。
現実、ジェンダーの問題は難しい。

日々、女性スタッフの力に頼るわたしとしては、ジェンダーの問題は簡単には解決しえないものである。いかにしなければならないのか、答えがあるなら教えてよ。
「声」をあげられなくなった女性の物語なら、それを裏返す物語も可能だろうと思うである。

2019年7月7日
七夕である。東京地方は雨、たまには晴れてほしい。
本業で疲れすぎちゃって、本当に、上に○○なやつが多いと、現場は回らないんだよ。だいたい仕事って「運」で作用されることが多く、ついてる時が少し続いただけかと思っている。
しばらく辛抱すればと思っているのだが、上が○○だとうまくいきそうもない。
まったく困ったもんだ。
もう少し使えるのかと思ったが、想像以上にひどすぎるので、「何もしないで、この場をやりすごせばいいや、責任は取りたくない」と考えている。
しかし、わたしは困るので、本音をぶちまけて戦います。先も長くないので。

『フレドリック・ブラウンSF短編全集〈1〉 星ねずみ』 フレドリック・ブラウン(Fredric Brown)が出る。
『J・G・バラード短編全集』 The Complete Short Stories J. G. Ballard J・G・バラード(J. G. Ballard)やら『カート・ヴォネガット全短篇』 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)が好調だったのかもしれない。会社は違うけどね。

短篇全集を出しても売れる作家は限られてるが、出してほしい作家ならいっぱいいる。
出そうなのは、レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)シオドア・スタージョン(Theodore Sturgeon)というところか。
境界線上はフリッツ・ライバー(Fritz Leiber)R・A・ラファティ(R. A. Lafferty)ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(James Tiptree, Jr.)
Publisher:河出書房新社(Kawade Shobo ShinSha)/奇想コレクションで、文庫化もされず放置状態の作家は難しいというところなのかな。と、思う。
ライバーは改変戦争シリーズを、頼むよ!

個人的にすきなロバート・シェクリイ(Robert Sheckley)ウィリアム・テン(William Tenn)エリック・フランク・ラッセル(Eric Frank Russell) は、古いとはおもうけど、全集はむずかしいにしろ、傑作集くらいなんとかしてくれないかなあ。

2019年7月5日
『巨神降臨』 シルヴァン・ヌーヴェル(Sylvain Neuvel)、三部作の最終章、パラグラフというかシノプシスを読まされているような感覚を常に持っていて、小説じゃないように思うんだけどなあと、ぶつぶつ言いながら、読んできた。
巨大ロボットものでなく、異星人の巨大オブジェではないかとも思うのだが。
人間が作って人間が動かすのが巨大ロボットの基本のような気がする。鉄人、ジャイアントロボ、レッドバロン、ジャンボーグA、マジンガーZ等々。うう、古いなあ。
ともかく、表現する小説形式に対して理解を苦しむ奴が読んでも批判にしかならないようで…。

『火星の遺跡』 ジェイムズ・P・ホーガン(James P. Hogan)
『揺籃の星』から怪しくなっているので、一応読んでみたのだが、う~む。
「巨人たちの星」の五作めが未訳で残っている。
出るのかなあ。

June(6月)

2019年6月30日
『世界推理短編傑作集』 Great Short Stories of Detection editor:江戸川乱歩(Edogawa Rampo)のリニューアル版を読む。
今回は2巻、3巻、4巻である。
殺人事件の解決から凶器、動機と複雑に変化していく時代の流れみたいなものを感じ取れた。
旧版を読んだのは、たぶん中学くらいだと思うのだけど…、改めて読み直していくと、受けた影響が大きいのがよくわかる。当時おもしろいと思ったものをよく覚えている。
今読んで、当時はそうでもなかったが、良い作品なんだなと思えたり…
「堕天使の冒険」 The Adventure of the Fallen Angels パーシヴァル・ワイルド(Percival Wilde)「夜鴬(よるうぐいす)荘」 Philomel Cottage アガサ・クリスティー(Agatha Christie)などは、今回読んでよかった。クリスティは、いいと言われている作品を読んでみたいのだが、なかなか読めず。有名な作品は読んでますが、『ビッグ4』とか『三幕…』を読んでいないんだよね。
クイーンも同じで国名シリーズ以外を読んだんだけど、その国名シリーズが読めていない。
老後の楽しみとは思うだけど、読む本が増えるのはこまるんだよなあ。
「殺人者」 The Killers アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)「スペードという男」 A Man Called Spade ダシール・ハメット(Dashiell Hammett)
ハードボイルドの嚆矢と言える作品、ヘミングウェイは良いと思ったし、今回三回目くらい。ハメットは読めない作家のひとり、たぶん映画『マルタの鷹』の印象があまり良くなくて、以来、まったく読めてない。多少、へそまがりです。村上春樹氏の訳が出るたび、読んでみたいなと思うのだけど。この作品はアリバイ崩しのミステリになっている。前、読んでるはずなんだけどまったく覚えていない。今回読んでみたけど悪くないよねと思った。
「密室の行者」 Solved by Inspection ロナルド・A・ノックス(Ronald A. Knox)も、覚えていなかった。
素直に読めたのだが、ノックス先生、本気なのと思った。こういう発想をするところがミステリのすそ野が広いということなのかもしれない。笑ってしまったんだけど、「ネタ」自体は知ってたんで。
密室ものはおもしろいよね。『有栖川有栖の密室大図鑑』を読んでいると、つくづくわたしも密室大好きなんです。

「二壜のソース」 The Two Bottle of Relish ロード・ダンセイニ(Lord Dunsany)「銀の仮面」 The Silver Mask ヒュー・ウォルポール(Hugh Walpole)
5巻目の「クリスマスに帰る」 Back for Christmas ジョン・コリア(John Collier)等の「奇妙な味」三篇は、読書傾向を決定づけた作品みっつ。
インパクトが凄すぎて、改めて読んでもいいなあと思う。
ここから、ホラー、SFに走りはじめた。
「信・望・愛」 Faith, Hope and Charity アーヴィン・S・コッブ(Irvin S. Cobb)のような作品も好きだった。
思うに、「疑惑」 Suspicion ドロシイ・L・セイヤーズ(Dorothy L. Sayers)や「夜鶯荘」のような心理描写というか機微を描く作品の印象が薄い。
なぜだろう、ま、ガキだったからな。

今回、またもデータの不備が多すぎ、とても追いつけないので、ゆっくりチェックしていきます。
「抜け」が多いなあ、髪の毛も抜けるし…

2019年6月27日
ちょうど一年くらい前に書いた。
”ニコロ・パガニーニを、はじめて聞いたのは30数年前になる。クラシックを聴きはじめたのは、映画『アマデウス』の影響が大きい、ものは試しに聞いてみようと思った。
いろいろ聴いていくうちに、また調べていくうちに、超絶技巧なるものの存在を知る。その超絶技巧のパガニーニを薄っぺらいコーティングの輸入CDで聞いてみる。凄いことは凄いが、どこが凄いのかがいまひとつわからない。
読んで感動する本とは違い、クラシックの場合、再演芸術なので、楽器の特性もある程度、理解した方が良いらしいとわかりはじめる。
良い曲は聞いただけでも良いのだけど、実際に画像を見てみると、聴いただけではない何かを感じるものなのだなと、思わされた。
そんなことを理解していたが、それから何年もたってパソコンで画像が見られるようになる。You Tubeだ。
気になっていたもろもろのテクニックを見ながら、おお、これは凄いと感心したものだ。
見なきゃわからないものいっぱいある。確かに画像で見たほうがいいし、実際に演奏を鑑賞しに行くべきなんだろうなと思う。
そのニコロ・パガニーニ、ヴァイオリンの名手であり、あまたの音楽家に影響を与え、超絶技巧を生んだ演奏家であり、リストにしてもシューベルトにしても超絶技巧をするんだと叫ばせた人物である。
『悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト パガニーニ伝』 浦久俊彦、新潮選書を読む。
作曲家というよりもパフォーマーである。
黒い服に長い黒髪、細見の身体にヴァイオリンと弦をぶらさげて、深々とお辞儀をしたかと思うと、その演奏は人間技をはるかに超える超絶技巧。
思わずYou Tubeで、また見てしまいました。
久々にワクワクさせる本に出会いました。またパガニーニのことが少しよくわかるようになりました。
あの頃にクラシックを聴いておいてよかったと思ったし、ま、たぶん興味がなければ素通りしてしまったとも思う。
パガニーニ ヴァイオリン協奏曲で検索していただければと思う。
19世紀という時代はやはりおもしろい。世紀の変わり目には異才が出現するものでもあるのだけどね…”

と、再録で申し訳ないが、その『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』、映画を見る。
映画のストーリーは見るべきものはないが、演奏が凄い。演奏見るだけでも価値がある。デイヴィッド・ギャレット、知らなかった。
パガニーニを懲らしめるためにパガニーニを牢屋にぶちこみ、指を踏んづけるシーンがある。
スタジオミュージシャンのギタリストと飲んでいたとき、焼酎のお湯割りで湯が指にかかった。もの凄い怒り方で「ギタリストの指は命だ」と言っていた。
このシーンを見た瞬間、そのひとを思い出した。ヴァイオリニストの指も命だ、ピアニストも。スポーツでも大切なものだ。
ストーリーや演技は、学芸会レベルだが、パガニーニという天才を少し味わうには、いい映画と思う。
しかし、演奏以外は女好き、それしかないのか。

ヴァイオリン協奏曲第一番のオープニングのいかにもという感じで大好きである。ラカンパネラも好きだけど。
いつも思うが楽器を弾ける才能は、同じ人間とは思えない。うらやましい。

2019年6月23日
『メアリーの総て』を見る。『フランケンシュタイン』 メアリー・シェリー(Mary Shelley)の原作者の物語である。
2018年12月に公開された。
地味な話で『フランケンシュタイン』を書くまでの物語。
丁寧な造りで、実に良かった。
細かいところを見ると、息子もいたはずだけどなあとか、ポリドリはもう少しなんとかならんのかとか、事実を脚色せざるを得ないので致し方なし。
父親の存在がわりと大きかったんだと感じたし、母親の姿がほぼ出てこないのは寂しい。
母親は凄いんだ。それに惚れる父親も凄いのだが。
いい映画を見れた。
ここんとこ、アニメしか見てなかったけどね。

2019年6月21日
HTTPS化を行って一か月以上、微妙ながら、収益は持ち直した。一時は、このまま上がらなかったらどうしようと思っていた。
訪問者数も600~700人を維持できるようになった。
HTTPからHTTPSに変更した段階で、かなり訪問者数も収益もガタガタになるとどこかの記事で読んだ。ある程度覚悟はしたけど、変更直後、300人レベルに落ち込み、収益もなしという最悪な状態が続くと憂鬱な気分になる。
技術的には、さほど問題はなくレンタルサーバーの変更だけだったけど、20年以上、つきあったサーバーには愛着もあったが、ここまで来ると、変更して良かったと思う。

グーグルも昨年から大きな変更を何度かしているようで、さほど影響は受けてないと思われる。
データについては、常時変更中、今回、エリスンや『最初の接触』のデータを克明にチェックしてたら、冷や汗が何度も流れた。ミスってる。
他人様の評価は気になるので、どこやらで「『ameqlist』のデータを鵜呑みにしないように、必ず自分でも複数のチェックするように」というプロの方のご意見は知っていたけど、そりゃそう言われるのも無理ないかと思った。
可能な限り、プロユースに耐えられるよう、ブラッシュアップに努めている。

とはいうものの、本業も忙しくて、忙しすぎるためにか、こちらもミスが目立つ、些細なミスだが、起こるたびに『ハインリッヒの法則』が目の前にぶら下がる。
警告なんだが、もうひとつ、怖いのはミスがミスを呼ぶよりも、ミスによるスタッフ間の連携にひび割れが生じること、ごくわずかな性格的な軋みが大きくなること。
なるようにしかならんのも事実だが、潤滑油かCR-55で片付けば苦労はせんものを。

2019年6月16日
『最初の接触 -伊藤典夫翻訳SF傑作選』 editor:高橋良平(Takahashi Ryōhei)を読む。
『ボロゴーヴはミムジイ -伊藤典夫翻訳SF傑作選』の続篇である。
今回は宇宙テーマ、懐かしい作品が並ぶ。

読み返してみたけれど、「最初の接触」は、古いなと、読んだ当時もラスト部分に納得いかなかったが、今回もなんだかなと思った。長らくこのリストの掲載雑誌年が違っていて、あれ?と思ったが訂正した。
第二次世界大戦中に書かれたとは思えない作品ではあるけれど。
難しいとは思うが、この作家の残すべき作品は他にもいっぱいあるのだ。

「コモン・タイム」ブリッシュって変な作家で、読者を煙に巻くところが感じられる。とくにこの作品、なんなのというところが強い。嫌いな作家じゃないんだけど、変。

ファーマーの作品は、当時としてはというところ、SFSFしているストレートな作品。

ジェイムズ・ホワイトの宇宙病院シリーズはこれしか訳されなかった、当時読んで、もっと読みたいと思ったものだが、今読むと唸ってしまう。
長編の『生存の図式』なんとかならないのかな。

「救いの手」は、批判的な手法をとった、大昔読んで感心していた一篇、今読んでも手法は稚拙だけど通じるところがある一篇。

『ボロゴーヴはミムジイ』を読んだときに、総てではなく、残してほしい伊藤典夫氏の翻訳作品のリストを作った。それから今回訳されたものを除いてみた。
ヴォネガット短篇全集やエリスンの短編集にはいったものは除いた。まだ、こんなにあります。お願い。


次はユーモア篇か、異色作品篇か、

2019年6月8日
『愛なんてセックスの書き間違い Love Ain't Nothing But Sex Misspelled』 Selected Stories by Harlan Ellison ハーラン・エリスン(Harlan Ellison)を読む。
全部で11篇

「第四戒なし」 No Fourth Commandment (Murder 1956/12)
「孤独痛」 Lonelyache (Knight 1964/ 7)
「ガキの遊びじゃない」 No Game for Children (Rogue 1959/ 5)
「ラジオDJジャッキー」 The Is Jackie Spinning (Rogue 1959/ 8)
「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」 Neither Your Jenny Nor Mine (Knight 1964/ 4)
「クールに行こう」 Have Coolth (Rogue 1959/ 6)
「ジルチの女」 The Lady Had Zilch (Adam 1959/ 2)
「人殺しになった少年」 Kid Killer (Guilty 1957/ 3)
「盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!」 Blind Bird, Blind Bird, Go Away from Me! (Knight 1963/ 7)
「パンキーとイェール大出の男たち」 Punky & the Yale Men (Knight 1966/ 1)
「教訓を呪い、知識を称える」 I Curse the Lesson and Bless the Knowledge (ピラミッド版Love Ain't Nothing But Sex Misspelled 1976)

悪戦苦闘していた50年代から、充実の60年代への架け橋になる作品群。非SFだけど、未来の文学にはいっていると書かれているが、なになに、どうして、十分SFであるよねと感じられることがある。
読んできて、なかなかな素晴らしいではないかと思っていたが、「ジルチの女」で、これはSFでよく用いられる手法ではないかと感じると、どこかストーリーの発想がSFだなと感じられる部分が多いことに気づいた。
よくある、なんでもSFにしてしまう悪い癖ではないのかと思われるかもしれないが、エリスン的な描写、畳みかけるような言葉の、まるで畳語がいくつもいくつも並ぶような感覚と、加速される物語は、とても堪能できた。

何気なく読み始めたら、止めらなくなってしまったのは近頃あまりなかった読書体験でした。いやー、やっぱエリスンて凄いんだね。
再度、他の作品集を読み返す気になってしまった。
『危険なヴィジョン』完全版の刊行もはじまったし、当分読むものに困らないどころではなく、追いつけないよお。

2019年6月2日
凄惨な事故や事件が多すぎる。自分に都合の良いことばかりを考えすぎているようにも思える。「もしかしたら」を考えない、「わたしは悪くない」とかが、蔓延しているように思われる。
自分も注意せねばと思う。

『火星無期懲役』 One Way S・J・モーデン(S. J. Morden)
『火星の人』 アンディ・ウィアー(Andy Weir)がヒットしたので、火星を舞台にした作品をお願いされたのだろうけど、サバイバルの部分は同じでも資質が違うと、まったく別な作品に仕上がるという好例。
最初の方は送り込まれる犯罪者たち(みな、理由ありで犯罪をおかしたわけで、根っからの犯罪者では、こうしたミッションには不向きという…)が、地球上でシミュレーションをするのだが、実は、そこは火星でしただったら、おもしろいなと思ったのだが、真面目な作者は、そんな仕掛けもせず、黙々と火星に向かう、
火星に着いてからがミステリ調になり、ラストはピカレスク的になる。
手放しで傑作とはいかないけども、そこそこおもしろい。悪くない。

May(5月)

2019年5月26日
『ナイトフライヤー』 Nightflyers and Other Stories ジョージ・R・R・マーティン(George R. R. Martin)を読む。
初訳三篇、既訳三篇。
既訳作品は何度目かの読書。表題作の「ナイトフライヤー」は、テレビドラマとはまったく違う。テレビドラマは途中まで見たのだが、どうにも興味をひかなくて、途中で中断。
そのあと、この短編集が出る。
ドラマは1シーズンで打ち切りとなったが、この短編集が出てよかった。表題作も悪くはないし、なんといっても「この歌を、ライアに」 A Song for Lya (Analog 1974/ 6)を読める。
しかも酒井昭伸訳である。感謝である。
当時SFマガジンで読み、いたく感動したものである。学生になって、SFをガンガン読み始めた時期とも重なり、ある種の思い入れがある。
今回、老年の域に足を突っ込んだ冷めた気持ちとともに読んだ。若いときの思い出とからんでいる作品は、どうしてもいい評価にしかならないものである。

で、結果、テレビドラマの『ゲーム・オブ・スローンズ』も観終わって、つくづく思うのだが、女性に対するある種の偏りを感じざるを得なかった。
全体に流れる基調として、そんな偏りを感じる。
おもしろければ、それはそれでかまわないのであるが…
「この歌を、ライアに」確かに良いんだけど、なんか、やはり年を取っては読むと、違うものを感じ取れる物語であった。
力の限り叫べるのは、うらやましい限りである。喉を傷めそう、近所迷惑になりそう、恥ずかしい、いい歳こいて何をするのかと、否定的なことばかりが浮かんでしまってはいえませんね。

我ながら素直ではないなと反省してます。

2019年5月24日
『時空大戦1』 ディトマー・アーサー・ヴェアー(Dietmar Arthur Wehr)を読む。
四部作の第一部ということではある。
人間、年を取ると硬派な考え方になりがちで、それはいかんとか、これで良いのだとかの、確定した筋道を取りたがるものである。
筋道からはずれると、いかんと怒鳴りだし、それが怒れる老人の基本的な発想であろうかなと思われる。
で、ですね、幻視なんぞを出さなくても、十分に有能な主人公、幻視を出すってことは、今後に繋がる重要な伏線らしいのだが、意味がないようにも思われる。
がちがちの軍の装備や形式、艦の設定はしておらず、も少し構築しておいた方がいいんでねという不安感すら持つ。
あからさまに、おバカな異星人が武器引っ提げて、「おら、来いやあああ、地球人どもね、いつでも蹴散らしてやんぞ」とは、違い、もしかしたら期待できるのかなという程度には感じる。
が、しかしキャラが立ってないんだよね、作者ご本人もくそ真面目なのかもしれんけど、少しは「オラオラオラ」とかさ、「なに、このスケベ!」とかさ、「サービス!サービス!」が足りないように思う。
ある程度の年齢で書き始めると、編集者の「指導」は入るんでしょうけど、柔軟性には欠けるよね。

これから、どうなるのか、少なくとも、「あっと驚く大当たりの大仕掛け」なんというものは、期待できないとは思うけど、気になるね。
デイヴィッド・ウェーバー(David Weber)のオナー・ハリントンシリーズにインスパイアされたという。確かにこのシリーズはおもしろかった。
あとになればなるほど、じんわりと密度が濃くなっていく。途中で最高のところで終了は悲しかったけど。

2019年5月16日
時事的なネタは排してきたんだけど、百田尚樹氏の横暴さは目に余るものがある。
同年代として、感じることは、強権的なのは強権的として構わないのだが、あまりにも語るに落ちるようなところが見受けられる。
自由に発言してて構わないけど、どこかしら、自分の書いた著作に対して、余計なことは言うなという強権的、いや狂犬的な感情の発露を感じられる。
哀しいんだよ。あまりにも目につきすぎて。著作は読んでいるんだけど。『永遠の、、』に関しては感心しなかった。
あなたは理解してますか、いろいろな考え方のひとがおり、いい加減な手法は、指摘されますよ。売れているときは良い。絶好調な時は、だれに言っても賛同を得られる。
一度、落ち始めれば、徹底的に叩かれます。しかしデビューするまでかなりな時間がかかっており、十分に承知しておられるように思われます。
だとしたら、今の自分を謙虚に受け止めるべきであり、ここぞというときに、ここまでやっていいのか、悪いのか、真摯に受け止めるべきであろうと思う。
だれかの言葉で「矩を踰(こ)えず」という言葉がある。
簡単に踰えられるんだよね。
津原泰水氏、がんばれ。
勝ち、負けではない、長い目で見れば、良い作品を書けば、いいと思う。
ゴリゴリに固まった得体の知れない、権力野郎が書いても、支持され続けることはない。
胸を張って生きようや。

2019年5月18日
と、書いてから、二日で動きがあった。
幻冬舎のリストは作ってあるが、思うように売れないのか、翻訳ものは全滅に近い。
初期には『家畜人ヤプー』とか出してチャレンジはしていた。暴露本や手記などをよく出すよなと思っていた。話題性十分なのだが、そこまでやるかというもののあった。
出版社とはいえ、利益を上げないと生き残れないのは確かだし、それは必要なことだと思うが、商品ばかりになってしまっては、どうにも魅力に乏しい。
営業政策を、あれやこれや言ってもしかたがないのは、それなりの生き残り戦略であろうと思う。
思うに今回は失言であろう。ネットワークの気軽さが招く大きな罠にはまりこんだのであろう。
世の中、失言だらけ、頭に血が昇って、一息入れる前に発言できるネットの怖さが根底にある。
政治家やら、社会的な権力者やら、社長やらの発言が、問題になっているのに、繰り返すのは、人間は魔がさすことが多いということなのだろう。
自戒をこめて、気を付けましょう。

出版社ってなんだろう。水声社や筑摩書房や、みすず書房や、『ミステリ編集道』新保博久氏や、編集者や翻訳者の本もいろいろ読んだけど、感じるのは「気概」かなと思われる。
金がなくても志あらば、しかし金がなければ何事もならざらん。
う~む。

2019年5月11日
読んではいるのだが、書いていなかったいくつかの本。
『ピクニック・アット・ハンギングロック』 ジョーン・リンジー(Joan Weigall Lindsay)
1975年、映画化、オーストラリアのゴシック小説というか、古き良きホラーである。物語はゆったり進み、それなりに読める。
調べてみると、Wikiだけど、日本版には記載はなく英語版で見てみると、オーストラリアでは有名な話なのを再確認する。
映画も見ていないし、今のひとにはつらいんじゃないかな、みたいな部分もある。地元密着型の怖い話というのは各地に存在するし、それは人間が生活することによって生まれてくる物語であろうと思う。
海外でも国内でも同じ、なんかそんなことを読みながら、感じた。海外での学校制度がまったく無知なため、ふーん、そうなのと思う部分もあったけど、いま訳されても、、、
この面はゆい気分を分かってほしいんだけども。

『カート・ヴォネガット全短篇』 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)
リストは未だ、未完成だが、読んでいる。
四巻目の「未来派」篇がやはり、おもしろかった。皮肉と微笑を交えながら、織りなす各物語は、それなりのおもしろさはあるのだけど、どこかしら、こんなものなのかなという感じが否めない。
いたって、普通の生活の物語が多いし、本質的にSF的な発想を得意とはしていない。たまたま書いている物語がSFに近くなったというだけである。
お話の骨格構造がまるわかりで、先も見通せるものが多くて、困惑しながら書いている作家の姿が、ふっと目に浮かぶような作品は、これでいいのかと思ってしまう。
『モンキーハウス、、、』収録作品が、一番いいと思った時点で、終わったような気になる。
だが、読まずにすますには惜しく、好きな作家の作品は、それなりに味わいたいものであるから、読めたことは感謝ではあるが、うーむ、、、、

『塔の中の部屋』 E・F・ベンスン(E. F. Benson)
ナイトランド叢書(Night Land Library)を、少しずつ読んでいる。
E・F・ベンスンを最初に読んだのは、「いも虫」なんだろうなと思う、実に気色の悪い話で、どうも毛虫は苦手で、初夏、桜の木の下を歩いていたら、ぼたぼたと毛虫が頭の上に落ちてきて、それはそれは、、、、
ということで、生理的に嫌いやと思っていたのであるが、いろんなアンソロジーに収録されている作品を読むにつけ、惹かれていった。
今回もまとめて読んで、「あ、いいな」と思った。
たいしたことないよねえと思っていたけど、改めて読むことは大事なことなんだと思った。

『ゲーム・オブ・スローンズ』の最終章、始まったが、小説の方は出るのか。いや、もう出そうにもない感じだが。
どうやら、『大いなる序章』 Wild Card ジョージ・R・R・マーティン(George R. R. Martin)の、ワイルドカードが映像化されそうだ。
そうすると本の方も期待できそう。しかし、まあ、いつになることやら。

2019年5月8日
証明書ももらい、HTTPSになっていると思います。反映には少し時間がかかるみたい。
実際、行ってみるとあっけない。いろいろできそうな状況なので、何か新しいことでも始めようかという余計なことを考えてしまう。
当面、そんな余裕もなさそうだけど、忙しい。
いろいろ、忙しい。

漫画しか読んでいない。スマホでコミックが読めるのは致命的である。しかも昔の漫画をせっせと読み返すという無駄な作業をしている。
そろそろやめないと、と思うのだがなかなかねえ。

April(4月)

2019年4月27日
サーバー移転を終了、何をするにしても、はじめてというのは、本当に慎重に進めないと、大きなミスをしてしまいそうで、怖い。
これで問題ないとは思うのだが、あとはSSL証明書を取って、HTTPS化をすれば、OK。
連休明けになる。
そのころには既に「令和」か。

2019年4月21日
Netflixで「ラブ、デス&ロボット」を見る。全18話の短編アニメーションのアンソロジーで、一話15分くらい。
趣向を凝らして、絵のタッチも変わったり、リアルなものから、いかにもアニメ的なものまで、少し、追っかけもの、猫と鼠的な展開が多いかなとは思うけど、おもしろい。
構えず、疲れた頭でも、ぼおと見ていられるから、いい。
そういえば、『ゲーム・オブ・スローンズ』の最終章が始まった。
もう、ここまでくれば、最後のドンパチであり、我らが勝つか、敵が勝つかのどちらかしかない。
わりと安易な設定を、本当に読ませる作者の技が、高いレベルにあるように納得させてしまう。映像でも丁寧に作っているので、やはり感じさせない。
どうやら、ストーリーは、王道を行くようだ。それはそれで良いことだと思う。意外性は少なく、落ち着くところに物語が落ち着いていくのは、この物語の場合、良いことのように感じる。
どうなるか、楽しみではあるけども。

5月早々にHTTPS化行います、当然、HTTPアドレスは消えます。
現在、準備中です。よろしくお願いします。

2019年4月14日
『七つ星の宝石』 ブラム・ストーカー(Bram Stoker)
結局のところ、『ドラキュラ』が凄すぎたのですね。
『ドラキュラの客』も短編集であるが、どうにもこうにもあまりおもしろくなくて、首をひねったことがある。
全部、調べてないけど、長編の大半はロマンスものであるようだ。『七つ星の宝石』もロマンスものの要素もあるが、それがまあ、19世紀も終わりにしては大時代がかった雰囲気がある。
素敵な題材を入手して、それで一発当てることのできたというイメージが強い。
『吸血鬼カーミラ』 Carmilla J・S・レ・ファニュ(J. S. Le Fanu)という偉大な先駆者がいる。
ドラキュラのモデルになったヴラド3世については、遠い昔、『ドラキュラ伯爵 -ルーマニアにおける正しい史伝』 Vlad Tepes, Prince of Walachia ニコラエ・ストイチェスク(Nicolae Stoicescu) を、読んで、いたく感心した。ノンフィクションを読むきっかけになった一冊でもある。
冷酷非情の君主であるが、それをモデルに、ひとの生き血をすすり、永遠の生命を永らえる邪悪な存在ということをイメージしただけで、勝ちである。
残り続ける作品であるが、それ以外は難しい。
そのうちに、『ドラキュラ』は読み直そうと思っていたのだが…

2019年4月10日
Netflixの「ULTRAMAN」を見る。原作がコミックなんで、難しいことを言ってもしかたがないのだが、これはバルタン星人だし、どう見てもダダだし、こいつはガッツ星人だしと思ってしまう。
往年の「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」を踏襲しなければなどということは思っていないが、なんかやっぱり違う。
「ウルトラマン」でなければならないのか、「ウルトラセブン」でなければならないのかの必然性がまったく感じられない。
わたしが往年のファンだからかもしれないが、これだったら、別の物語の方がいいんじゃないでしょうかと思う。
異星人、怪獣のデザインはじつにすばらしいものがあるのは確かだ、だからこそ、あえて、別の物語でもいいように思えてしまう。
フルCGなのかもしれないけど、道行くひとが、みんな手ぶら、一部違うのもいるけど、絵的な真実味はなくて、登場人物の動きもぎごちない。
モーションキャプチャーを使っているようだけど、フルCGでなくても、いいのではないかと思う。

かっての物語には、深みがあったように思う、それを昭和でなくて平成さらに令和に移りゆくこの時に求めても詮無いことだと思うけど、物語の本質はさほど変わらないと思う。
過去の素晴らしさを今に求めるのなら、コンセプト的な変換を求めてはまずいのだろうか。
見ながら、「SSSS.GRIDMAN」との差を感じてしまった。
換骨奪胎、肝の部分を忘れなければ、違う物語に転じても、おもしろさは変わらない。
難しいとは思うが、あれだけのデザインの敵役は、実に魅力的で、もっと活用しようがあるように思われるのだが。

ただ、ひとつ「ウルトラマン」も「ウルトラセブン」も好きだった。

2019年4月7日
ウィリアム・ホープ・ホジスン(William Hope Hodgson)の『〈グレン・キャリグ号〉のボート』 The Boats of the 'Glen Carrig'、『異次元を覗く家』 The House on the Borderland、『幽霊海賊』 The Ghost Piratesの三部作を読む。『異次元を覗く家』は、大昔、読んでいたのだけど再読。
三部作の中でやはり『異次元を覗く家』が、違うものに感じる。『〈グレン・キャリグ号〉のボート』と『幽霊海賊』は、海の物語だ。
孤島での冒険ものと、海での物語だ。三部作というが、別々に読んでもまったく無理がない。
『〈グレン・キャリグ号〉のボート』が一番おもしろかった。
往年のひとたちには「マタンゴ」の原作者だと言えば、雰囲気は伝わわるはずである。
アトリエサードの作品をようやく読めた。まったく、後で読もう、後で読もうとしてしまって、そのままになっていた。
ここに来て出版スピードが上がっている模様。
リストも追いついていないんですけどね。

2019年4月5日
桜が満開だ、
今年は、少し冷え込みもあり、花が長持ちしている。

精神的に休めない日々が続いており、疲れてしまった。

しかし、更新は見えないところで続行中。

March(3月)

2019年3月31日
明日は、新しい元号が発表される日です。どんな元号になるのでしょうか。
このサイトも、23年めに入ります。長くご愛顧をいただき、誠にありがとうございます。
今年度の目標は、HTTPS化です。6月くらいを目途にしております。
さすがに時の流れにさからえず、アクセス数に影響があるのを、ひしひしと感じております。
めんどくさいなと、実は思っていたのですが、それほど難しいわけでもないので、行います。

雑誌リストの追加登録並びに、内容の充実、賞リストの追加及び、内容の精査です。
出版社登録作業も継続します。2018年までの漏れを随時、訂正してます。
現在、コンプリートできつつあるのは中央公論、岩波書店や徳間書店、講談社などは、かなりの数の脱落がある模様。

各作家ファイルに関しては、デザインは現行のまま、大作家に関しての、各出版社別集計方法を、どう変更しようか、考え中です。
それと、ひとつのファイルでは、煩雑すぎて、何がどこにあるのかわかりにくい問題をどう解決すべきか、苦しんでいます。

このサイトは、副業であるし、趣味でもある。
存続していくことが重要なんだろうなと思ってます。それにしては完璧を狙いすぎているのかもしれませんが。
細かいことにこだわりすぎてるかも。性格なんでね。

2019年3月23日
ふ、疲れてるぜ。
ラヴィ・ティドハー(Lavie Tidhar)の『黒き微睡みの囚人』 A Man Lies Dreaming 竹書房文庫を読む。
ドイツの総統の別物語である。
たぶん大丈夫なんだろうけど、あえて、固有名詞を避ける。以前、アドセンスルールに妙なところで引っかかった経緯があり、気を付けている。
まめに第二次世界大戦史は読んでいる。しかし、ユダヤ人だから書けた物語でもある。
過去、確かに、『鉄の夢』等の作品はある。
扱うのが非常に難しい問題をはらんでいる。だけどね、ラヴィ・ティドハーの作品、長編は全部読んでいるんだけど、何かもやもやしたものが残る。
なぜ、こういう物語になるのだろうという頭の中で「?」が残るのだ。
わたしだけかもしれないけれど、もしかしたら、民族的な発想の違いなのかと思いたくなる。
今回も存分にそれを感じた。
手触りの違和感、それとも違うかもしれない。
同じ人類なのに、なにか違うなと思わされるのは、まるで自分が宇宙人なのか、それとも相手は宇宙人なのか、迷わされざるを得ない。
竹書房さん、しかし、このセレクトは凄いね。

2019年3月21日
プレゼン能力について考える。
ある場所で、自分は鍛えられたので、今、必要な個人的な能力は何かと言われれば、プレゼン能力しか思い浮かばない。
「いち」を「じゅう」にする技術ではない。「いち」はあくまでも「いち」だ。
「じゅう」にはならない。
じゃなんなのか、「いち」を十全に「いち」として伝える技術のことを言う。
難しいんだよね。すごく難しい。でも、その技術を持てば、生きていけると思う。
ささいなことだけど、人間はコミュニケーションの動物だ。
伝えられないことを伝える力が必要だと思う。
いつも何かを得ながら、自分らしく伝える技術を学んでいくしかないと思う。

教えてもらったプレゼン技術は、異業種である今、役に立っている。
すごく、役に立っている。

2019年3月17日
サイトご利用者様から、ミスのご指摘をいただいた。
たまに、ご連絡をいただくのだが、誠にありがたい。
今回も、とてもとても単純なスペルミスをしており、打ち込んだときのミスのまま、カット&ペーストを繰り返すと、ひどいことになる。
特に、本人はまったく気づかない種類の指摘が、非常にありがたい。頭の中の繋がりが、そういうものだとなっているから。
それに最近、視力も弱く、細かい部分は、あまりよく見えなかったりする。
言い訳でございます。
たった一文字のミスは、見つける方もかなりの努力をしないと見つからないはずなので、ともかく頭が下がります。
ありがとうございます。

気が付いたら、どんなことでもご指摘を。
データ量が少ないぞとか、おまえの文章が邪魔だなどの、ご指摘は、できれば優しくお願いします。
2018年までの各出版社別の作品登録作業を最優先で行っていたため、できていない部分の多いこと、多いこと、特にSFやミステリの賞リストが悲惨。
各出版社別リストもかなり整ってきたので、いろんな作業ができそうです。
もうすぐ22年が過ぎます。23年めにはいります。

今後ともご愛顧を。

2019年3月12日
しかし、なんだな、売り上げが上がらないな。
苦労してやっているのだが、アドセンスの売り上げが上がらない。
データサイトで、しかも四万ファイルを越えている。数えるのもめんどくさくなって、数えていない。
一日600人来ていただいているのだが、実際、まったく訪問者のないページもある。たぶん90%を越えていると思われる。
普通のブログサイトではないのだからしかたないんだけど。
はじめた以上、何か見返りは欲しいよねと思っているのだが、あれやこれやSEO対策だのまで、できない。デザイン的にはこれが限界。
あと、リンク漏れのチェック。構文チェックは行っているので、問題はないはず。細かいリンクが切れている。全体で300くらいある。
これが原因かと、手直ししているのだが、いつまでたっても次から次へ問題が発生する。
あー、頭が痛い。

本業の方もスタッフ不足で、苦労している。だいたい年間採用計画も立てず、行き当たりばったりの対応でいい結果が出ると思う方がおかしい。
まるで、一夜漬けの勉強のようだよ。
ありえないでしょ。と言っても、世間を知らないわけではないので、どこもかしこも、そんなものだと思われます。
だから、苦労するのは現場なんだよ。
どこの会社でも通用すると思われるが、単純なコストカットの考え方はやばい、長期的なコストカットの方法を模索すべきであろうと思われる。
どういう意味なのかわからないというならば、壊れた水道を考えてほしい。
とりあえず修理が単純な対応、なぜ壊れたか、どうしてそうなったかの、原因を探ることによってもう一度壊れるのを防ぐ、もしくは長期的に正常な状態を保つ。
こんなこと言ったってわからないひとはわからない。なぜか。根本的なところを理解していない、現場を理解していないから。
目の前の現象が収まれば良いと思ってる。旧態依然とした体質は変わらない。困ったもんだ。

どちらかなんとかならんのか。

2019年3月10日
また、あの日がやってくる。
自然災害の前には、ひとはなんて無力なのだろうと思う。
そして人間が、それをより拡大してしまう。

素晴らしき自然を抱える日本、奇跡的な出来事の連続で造られたこの大地。
地球という生きている大地ゆえに出来上がったものだ。

鎮魂と哀悼を。

2019年3月6日
「あいみょん」という名前がなぜか、記憶の残渣に沁みついていた。表面に出てくることはなく、何かきっかけがないと思い出せない年齢になってしまった。
ネットを見ていて、好きな曲しか聞かないタイプなんだが、突然、「あいみょん」の名前が浮上した。
それでは聞かなければなるまいなと、探し始める。
紅白歌合戦で歌っていたのかなどなど、わかる。もっとも有名なのは「マリーゴールド」らしい。聞いてみると声は印象に残るけど、なんか不満だなと。
ここでwikiを頼りに探し始めると、デビュー曲は放送禁止、なんだそれはと思って聞いてみたのが「貴方解剖純愛歌」、本当に死んでしまうところであった。
「ナウなヤングにバカウケするのは当たり前だのクラっ歌」で、すごいセンスしてるなと感心し、「ほろ酔い」で、撃ち抜かれてしまった。
ほんまに、凄い才能ですわ、わいは感心してまうで、

遅まきながら、その声と歌詞に感心しております。
まだ二〇代前半なんですね。
ほお~

2019年3月3日
若いころ、ゴールデン街によく行っていた。「深夜+1」は恐れ多く、それでも2・3回は行ったことがある。なにせ下手なことを言おうものなら、過激な言葉の応酬になりそうで、それこそ言葉で撃ち合うアクションシーンになりそうで、すみっこでニコニコするのが精一杯であった。
冒険小説を読むようになったのは、原書で読んでいた叔父の影響である。けど、わたしは翻訳ものしか読めなかった。
『深夜プラス1』 Midnight Plus One ギャビン・ライアル(Gavin Lyall)も読んでいるが、2回くらい読んでいるのだが、それほど絶賛するほどの作品か、という疑問がつきまとう。
読書というのは、たぶんに様々な要素が絡み合いながら、感情と思い出に彩られるため、ひとによって想うところが違うと言い訳しておこう。
『女王陛下のユリシーズ号』 H. M. S. Ulysses アリステア・マクリーン(Alistair Maclean)が趣味に合い、叔父が絶賛していた『海軍士官候補生』 Mr. Midshipman Hornblower C・S・フォレスター(C. S. Forester)に始まるホーンブロワーもなんだかな、なのである。
たぶん、何か読み間違えているのであろうと思う。どちらかというと単純な物語に惹かれるのであるが。
そのゴールデン街だが、よく行っていたのは、「深夜+1」の隣の隣にあった「ムーミン」という店であった。
そんなに安い場所ではなく、サントリーのホワイトが三千円、カティサークが四千円だったのが、なぜか克明に覚えている。今から30年以上前に、この値段であったからかなり高い部類にはいると思う。
一見さんは当時、断られそうな雰囲気が多分にあった。連れて行ってくれたのは、大学の先輩のK先輩だったか、そのあと別の店に移り、その時は東京SFクラブの面々だったか判然としない。
酔っぱらっている頭で記憶している方が間違いである。
男性で女性のママさんに「あなた素質あるわよ」と言われて、あらぬ道に誘われたり、某団体系の方に追っかけられたり、少々、やばい世界でもあった。
今では、海外旅行者や女性にも人気らしい。
『ゴールデン街コーリング』馳星周を電子ブックで試し読みしながら、ふと懐かしくなった。
全部読みたいと思ったけど、今は、少々貧乏で、もう少し先でないと読めそうにもない。
酒飲みは酒が飲めるとなると、どんなところへも行ってしまうし、どこでも飲んでしまう。。。花園神社の境内で寝てしまって朝に目が覚めたとき、近くのおじさんから、「あんた、こんなとこで寝てると殺されてしまうよ」と言われたときには、本当にまずいところなんだと恐怖した。
若いころの思い出は美化されてしまう。嫌なことは忘れてしまうものである。

February(2月)

2019年2月27日
『セミオーシス』スー・パーク(Sue Burke)
植物SFかなと期待してたけど、ファースト・コンタクトものになっている。人類が新天地での環境に合わせて変化していく、また世界のそれに合わせて変容していく様を描いた好感の持てる作品。
世代間の断絶や軋轢をも書いて、少しワクワクしながら読めた。派手なアクションはないけどね。
エコロジカルな方向でもないので、大上段に構えたところもない。
小技の効いたという表現でもいいのかな、そういうところがいい。

植物ものというと、「みどりの想い」 Green Thought ジョン・コリア(John Collier)だ。筒井康隆の「佇む人」も忘れ難い作品だ。
「異境の大地」 Alien Earth エドモンド・ハミルトン(Edmond Hamilton)も、植物同士の戦いを描いた名作。
昔の作品だけど、『エデンの授粉者』 The Pollinators of Eden ジョン・ボイド(John Boyd)が懐かしい。

2019年2月24日
『時間SFアンソロジー revisions』大森望編 ハヤカワ文庫JA1353 2018/12 ISBN978-4-15-031353-1
アンソロジーである。
アニメ『revisions』とのコラボ企画。
渋谷転送で半径1キロの渋谷の街が未来へと転送される。パンデミックにより人類は破滅しつつあり、ふたつの勢力に分かれ、未来を切り開く闘いをしている。
転送された人々に未来はあるのか、高校生たちは明日をも知れぬ闘いに導かれていく。

というのがおおまかなあらすじ、主人公が旧式な(まるで『アキラ』の金田か鉄男かという)造形にはいささか疑問がある。今の時代にこりゃなんじゃいななんだが、それなりに面白かったんだよね。
アンソロジーの内容は、
「退屈の檻」 The Beast of Bored Om リチャード・R・スミス(Richard R. Smith)translator:大森望
「ノックス・マシン」 法月綸太郎
「ノー・パラドクス」 藤井太洋
「時空争奪」 小林泰三
「ヴィンテージ・シーズン」 Vintage Season C・L・ムーア(C. L. Moore)translator:幹遙子
「五色の舟」 津原泰水

「退屈の檻」は大昔、読んでいる。読んだときに良くある話だよねと思ったのであるが、紹介文に書いてあることを読むと、「あ、なるほど」と思った。
確かに、当時の状況ではそうなんだよね。
「ノックス・マシン」はノックスの掟にまつわる与太話、割とすきなパターンではある。当時、フー・マンチューなんぞが流行っていたからという真面目な考察をしてもしかたがない。
法月綸太郎も新本格が出始めた頃、読んでいた。『頼子のために』とかいくつか読んだ。
「ノー・パラドクス」の藤井太洋は、いずれ読もう、読もうと思って読めてないひとり。
「時空争奪」 小林泰三のような与太話(失礼!)は大好きです。「五色の舟」 津原泰水も楽しめました。
「ヴィンテージ・シーズン」は最初、読んだとき、「努力」 E for Effort T・L・シャーレッド(T. L. Sherred)の別パターンに近いと思い、さほど感じなかったが、今回読み直して、良い感じではないかと思った次第。改訳は素晴らしい。
いずれも、時間テーマにして、繰り返しや過去への干渉、未來からの干渉、ずれていく時、微妙な差異等々を紹介している。
この中で、前読んだのとまったく印象が違う作品があって、びっくりしたのがあります。時の流れの中で変わっていくのは、自分の意識なのかなと、ふと思いました。
もう、じじいだもんなあ、ああああああああああ。(嘆)

2019年2月20日
『SFが読みたい! 2019年』を読む。
あー、なるほど華文SF(華文ミステリから推測するに、この形用かなと)になるのかなあと、やはし『折りたたみ北京 -現代中国SFアンソロジー』 editor:ケン・リュウ(Ken Liu)が一位、じつ言うと、「円」 劉慈欣がおもしろかった。
『三体』は訳されてほしいなと思っていた。二位は『竜グリ』、『竜のグリオールに絵を描いた男』 The Dragon Griaule ルーシャス・シェパード(Lucius Shepard)、むう、懐古趣味ではないのだが、最近の海外SFを読むとセレクトがこれでは過去の作品に持っていかれるよねと思ってしまう。
商業的な成功は必要なのだろうけどね。
最大手の某出版社に向けて言っているわけではないけれど、ローダンに固執するのもほどほどにというふうに思う。
ローダン正編も読んでます。しかし、流石に疲れてきた感はあります。
どこまで続くこの物語。読んでいる人たちがどことなく、日本では良いお年になっているのではないだろうかという気がします。本国はえらい。さすがドイツ人、世代交代はしているのだろうなと思う。
勝手な憶測ですけど。

和ものが読めてない。それでも飛浩隆の名前を見るとうれしい。
復活した作家ですからね。
海外三位は『七人のイヴ』 Seveneves ニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)、四位に『シルトの梯子』 グレッグ・イーガン(Greg Egan)
どちらも読んではいるのだが、それほどなのかと思わざるを得ないのだが。

さてもや、今年のSFはどうなるのか。
ハーラン・エリスンの『危険なヴィジョン』の完全版、全三巻を出すって、じゃ、「続」もだしてくださいね。
と思います。もう、30年以上待っているんです。一年くらい待たされても我慢します。
一番の期待は伊藤典夫編の『海の鎖』表題作「海の鎖」 Chains of the Sea ガードナー・ドゾア(Gardner Dozois)は懐かしい一篇、それと埋もれた一篇「危険! 幼児逃亡中」 Danger! Child at Large C・L・コットレル(C. L. Cottrell)は入っていてほしいなと思います。
あと、ソムトウ・スチャリトクル(Somtow Sucharitkul)ウィリアム・テン(William Tenn)
「救いの手」 The Helping Hand ポール・アンダースン(Pohl Anderson)「ミラーグラスのモーツァルト」 Mozart in Mirrorshades ブルース・スターリング(Bruce Sterling)&ルイス・シャイナー(Lewis Shiner)も。
ハワード・ファースト(Howard Fast)フィリップ・ホセ・ファーマー(Philip José Farmer)もお忘れなく。
期待してます。

2019年2月17日
仕事というのは、「身体を使う」「頭を使う」「気を遣う」の三点セットで成り立っていると思っている。
職種はいろいろあるが、「身体」「頭」「気」のバランスが変わるだけである。「頭」を多く使うのがいいんだ、とか「身体」を多く使うのはなんだとか、言われる場合があるが職業に貴賤はない。
「身体」も使い、「頭」も使い、「気」も遣うのが、介護や看護だと思う。
まんべんなく能力を要求されて、まんべんなく酷使するからだ。擦り切れてしまうのも良くわかるし、おまけに感情労働の部分も多く、ストレスがかかる。
それを軽減する必要があるのだが、多くの事業所は配慮していないように思われる。
制度的な問題や中間搾取になりやすい事業形態もあるように思う。現場の知識を取得するだけでも大変で、会社制度を学ぶ余裕さえもないという場合も多い。
いや、大きな問題は、経営感覚を身に着けさせようという動きが少ないのではないかとも思える。
中間搾取形態の場合は、あまり詳しい知識を身に着けられると経営がやりにくいということもある。
差別化になり、階級社会になる傾向もあるように思う。人間は搾取に動きやすいのだ、自戒を持って対応すべきであると思うのだが…

『カート・ヴァネガット全短篇』を読み始めている。
カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)は、太田光のお陰で『タイタンの幼女』は有名になった。けどね、正直言うと、あまりおもしろくなかった一冊だったんだよね。
映画も見たけど、絶賛するほどではなかった。
たまたま時系列的に、読めた作家で、最近の短編集をのぞくと、ほぼすべて読んでいる。
忘れ難い一冊は『プレイヤー・ピアノ』だけど、個人的な事情によるもので、ほかの方が、おもしろいんだなと気合を入れて読まれると困ってしまうのですが。
そういうものですね。
短編集は、かなり昔に読んでいる。たぶん最初の出会いは「バーンハウス効果」だった。
今回、改めて『全短篇』を読み始めると、こんなにおもしろかったんだと再発見する。自分でもびっくり、長編型で短篇はたいしたものはないと思い込んでいたから。
楽しみに読んでいきましょう。
この本の各解説も重量級。

2019年2月15日
  
『さらば、シェヘラザード』 ドナルド・E・ウェストレイク(Donald E. Westlake)を読む。
怪作である。
たぶん、作家的に壊れているときに書いたんだろうな。プロだから、書いたものは発表する。
売れっ子になっていたのに、こんなもの書いちゃって、いいのかい。
   
『さらば、シェヘラザード』 ドナルド・E・ウェストレイク(Donald E. Westlake)を読んだ。
ハヤカワ・ミステリ文庫が出始めたときに、今から40年前ですけど、どかどか出た中に、当時ミステリも読まなければの中にリチャード・スターク名義の『悪党パーカー』シリーズがあった。
気に入ってしまい、ほぼ全冊読んでいるはずである。
それから『やとわれた男』『その男キリイ』などなどを読んだ。
    
『さらば、シェヘラザード』 ドナルド・E・ウェストレイク(Donald E. Westlake)を読んでみた。
泥棒ドートマンダー(Criminal Master Planner: John Dortmunder)シリーズは読んでいない。シリアス系の作品をぽつぽつと読んでいた。しかし、この怪作については、知らなかった。
ミステリは知っているようで知らんのです。
     
しかし、国書刊行会のドーキー・アーカイヴは、変な作品ばかり、訳してくれる。そういうのが好きなものにはたまらない魅力である。
まだ、これで半分、3年目にはいって5冊目。
気長に待つしかないのかな。
      
エリスンはどうした、『愛なんてセックスの書き間違い』、そんな題名で本当に出すのかい。
しかもSFでなくて普通小説集なんて、ありえない、だから待ってるんですけど。
がんばれ!国書刊行会!

2019年2月11日
説教好きなひとは嫌い。
「わたしはこうしているのだから、ほかのひともそうすべきだと思うのよ」
自分の身近にはいないので、傍からみてても、いい迷惑だなあと思っていた。ある日、突然、「あのひと、仕事してますか、よく見ておいてください」
言う相手が間違っているし、自分は絶対正しいと思い込んでいるし、今まで、何度か「この植木、引き取ってもらえませんか」と言われても、「誰が面倒をみるんですか」「邪魔だ」という声が飛び交うのは想像に難くないので、丁重にお断りをしているのだが、さすがに何回か続いて、そんなことは言ってこなくなっているのだが、違うことを言ってくるようになるのは困ったもんだ。
頭のなかの他人様が、自分より仕事をしない、自分よりバカだと思い込んでいるのには辟易するし、行動が斟酌なしで荒っぽい。
「あのひとの頭の中で、序列をつくるあげて、相手によって対応を変えるんだよ」
自分を中心において、上か下か、もしくは有利か不利か、を勝手な価値観で判断するので、与えられた職務権限を逸脱することが多く、発言もそれに準じるので嫌われる。
よくそんな方がいるなあと思っているのだが、自分は絶対正しいと思っているので、当然辞めない、辞めるのは周りの無能なひとよと言わんばかりに見つめている。
どこにでも、ひとりくらい居るものだが、困ったもんだ。

『十月の旅人』 The October Game and Other Stories レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)を読む。
かなり前に新潮文庫で読んではいたが、ハヤカワ文庫SFで再度、読む。積読の一冊だった。
吟遊詩人と言われるが、あまりそんな感じを受けなくて、原書でもチャレンジしたが、簡単そうで難しい、わたしとしては、どうにもこうにも吟遊詩人らしさを感じない。
最初に読んだのは『太陽の黄金の林檎』、そこから『火星年代記』『華氏451』と来て、ほとんど全部読んでいる。
『ブラッドベリ年代記』 The Bradbury Chronicles (2005)を読むと、本当に作家と作品は別物であることを認識させてくれる。
日本の場合は文学作品は私小説分野が充実しているせいか、作品と作家の乖離は感じにくいのかもしれない。
SFでは、この作家がこれを書くんだというのは、ある。個人的に思うのは、作家と作品の間に距離感を感じる方が、より魅力的に思えてしまうのであるけども、、、、
レイ・ブラッドベリ、亡くなって7年が立つ。必ず再評価される作家だろうし、訳されるたびに雰囲気が変わる作家なのかなとも思う。
40年以上も読み続けた作家なのかと、ふと思う。

2019年2月3日
完璧な理解は、破壊的な意味を持つ。
あるテレパスの物語のラストに書いてあった言葉である。
ひとの心は、まったくもって理解しがたいものであり、知ってしまうと、そのことに対して慄然とせざるを得ないのである、
あなたの夫が何を考えていますか、あなたの妻は何を考えていますか。
それを知りたいですか、知ってしまっても平然としていられますか。
難しいことを言えば、難しくなるのが、精神交換の物語である。
『妻のトリセツ』なるものが売れているそうである。男女の脳の違い、考え方の違いを脳科学から解明しようという本だそうだ。
読んでいないので、前に『話を聞かない男、地図を読めない女』というジェンダー発想の本なのだろうと推察する。

世界が終わっても世間話をする女性、世界が終わっても酒を飲んでいる男性なんて、題をつけたら売れそうだけど、そんな精神交換(テレパス)の一冊。
『クロストーク』 コニー・ウィリス(Connie Willis)を読む。
ある手術により精神感応を身につけた女性の物語。
これが、上下段、700ページに渡って、延々と続く、コニー・ウィリスの作品は長いんだけど、今回はさすがに、まだ続くんかいと思ってしまった。
しかし、優れたリーダビリティ(読みやすさ)で、一気呵成に読んでしまった。いや、一週間ほどかかったけど。
おもしろいんです。それは否定しません。
男は結論を求め、女性は過程(家庭)を大事にする。
思わず、ああ、すごい女性作家なんだなと思った次第。
ご一読を。

January(1月)

2019年1月26日
インフルエンザが猛威を奮っている。
日本の半分はカラカラで、残り半分は大雪、なんとも極端な天気の状態だけど、昔からの経験なので、異常事態とは感じにくくなっている。
まじかに迫るのはインフルエンザAの脅威だ。はっきり言ってインフルエンザはかかると辛い。人類を死滅させようとする生物界からの警告のようにも感じてしまう。
現実に気候変動は、かなりやばいところまで来ている。

しかしながら、そんなことさえも我関せずで、満面の笑みを浮かべながら、子供の狂気を宿したどこやらの大統領がファストフードの前に立つ。その恐怖は、耐えられません。
困り果てる人々を前に、自分たちの利益だけで動き、話し合いたい国とだけの話し合いをしようとしている、それは外交実績ではなく私利私欲としか受け止めようがないのですが。
別の隣国は、まるで「お前が悪い」と言いながら、かって結んだ協定を無視している。
なおかつ幼児的な危険行為を行っている。
他者を攻撃することにより保身を図る最低の対応であると思う。どちらも邪気を感じられ、鬼太郎くんにでも退治してもらったほうが良いのではないかと思わざるをえない。

そんな人間は住んでいる地球は固体と液体と大気に守られている。
巨大すぎて感じ取りにくいが、人間はどうやら周囲一キロ以上の距離があると感受性が極端ににぶるらしい、確かに変化はしている。
いまの時代は間氷期であり、それもぼちぼち終わりそうという話もある。氷期に移行するならば二酸化炭素による地球温暖化は、相殺されるのではないかと思いがちだが、人間の勝手な憶測であって、地球環境は都合良く動くマシンではない。
北半球と南半球では、季節が逆転しており、また世界最高温度を更新したようだが、この季節の逆転も決定的な原因が不明である。気候はまだ謎が多い。
数年で氷期に転がる可能性もあるし、ホットハウス・アースになる可能性もある。
北ヨーロッパと、北アメリカに大きな氷河が鎮座する世界なのか、平均気温40度の中で、押し寄せる海面上昇におびえながら暮らすのか。
やばい状況ではあるようだ。

久々にブルーバックスの本を読む。『地球46億年 気候大変動』である。順々にひとつひとつを紐解いていく構成もよく、理解しやすい。
本屋で表紙を見たときに読んでみたいという勘が働いた。今回も当たった、電子本になるとそういう勘がまったく働かない、実物を見ないとわからないんだよねえ。

参考文献:『地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来』 横山 祐典 講談社ブルーバックス 2018/10/17

2019年1月20日
アニメのお話。
「オーバーロードII」とか「東京喰種トーキョーグール:re」とか「ソードアート・オンライン」とか、1、2回は見たけど、あまり興味が持てなくて、続きを見ておりません。
多少天邪鬼的です。
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』
今から40年ほど前にアニメ映画化されました、今回もNetflixのミニシリーズになりました。前回の時も絵柄が原作と合わないとおもってけど、今回もCGになっているけど、合わない。
たぶん欧米人との差異なんだろうけど、気持ち悪く思えてしまうんだよね。

『グラゼニ』
モーニングで連載のコミックをまんまアニメ化しました。設定はおもしろいのだけど、変化球の野球アニメ、でもコミックは好きだったけどね。
「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」「とある魔術の禁書目録III」続きものもいいのだけど、飽きてしまうんだよね。難しいよね。
『銀河英雄伝説 Die Neue These 邂逅』
何度目かのアニメ化だけど、見るたびにおもしろいと思うが、細かく見ると、「アラ」が目立つ。
時の流れの評価は厳しくなるものだ。

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』
Triggerのロボットアニメだが、これ何というくらいの生々しいデザインだった。最後は慣れたけどね。『キルラキル』と同じようなテンションを保とうとして、ラスト近くは少々、いただけなかったが、2018年の収穫でしょう。
『SSSS.GRIDMAN』
Triggerの怪獣アニメ、もともと、ウルトラマンものを狙っていたようだけど、円谷プロの承諾はおりず、この辺の事情は『ウルトラマンが泣いている』講談社現代新書 円谷英明著に詳しい。
デンジマンをうまく咀嚼して、おもしろい作品になっている。がんばってね。

『転生したらスライムだった件』
ご都合主義の行きつくとこか、こんなところかなと思うけど、楽しく見てしまう自分がやばい。
『ゴブリンスレイヤー』
ふと、『ボトムズ』を思い出してしまったんだけど、それほどのものでもないのだが、おもしろい。

『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』
題名は「あかん」のだけど、中身は思春期症候群の物語。ラストは、たぶんこうなんだろうなと思うのだけど、見てしまいます。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
個人的に2018年の個人ベスト、戦闘マシーンだった少女は自動書記人形になり、人間性を取り戻す話。

『Back Street Girls -ゴクドルズ-』
アイドルが極道だったら、いや、極道がアイドルをやったらという、こういう「ノリ」が好きなので、楽しいじゃないですか、しんどい仕事を終えて帰ってきたときの清涼剤ですね。

2019年1月16日
名作は、「アイデア×語り口」で生まれる。
ありふれたアイデアを「語り口」だけで、名作にするのはなかなか難しい。なぜなら、それまでにいくつもの名作が生まれているからと思う。
『藤子・F・不二雄 SF短編PERFECT版』全8巻を、ようやく読み終えた。少しづつ購入して、電子ブックで読んだ、今回8巻めを読み終えた。
「どらえもん」で有名な作者だけど、昔からSF短編を書いていて、読んでいた。
今回は一冊めに収録されている名作中の名作、「ミノタウロスの皿」だ。
「ビッグコミック」に1969年、掲載された名作である。しかし、当時11歳のわたしは「ビッグコミック」では読んでいない。「ガロ」とか「ビッグコミック」系を読むのは高校生くらいになってからだった。
じゃ、どこで最初に読んだのか、まったく記憶にない。
皿に乗って、バンザイしているヒロインの記憶は鮮明に残っていたのだが、読んだ本が何かの記憶がない。
価値観の逆転による恐怖が、かわいい絵柄にアンマッチして、なおかつ、最後の一コマで、傑作に昇華した作品だ。
もし、未読なら読んでください。

「どらえもん」のおもしろさを知ったのは、弟が持っていたからで、これの第六巻の最初の最終回は涙なしで読めないものだった、こんなにおもしろかったのかと再認識した。
藤子不二雄といえば、『オバケのQ太郎』であり、『21エモン』であり、『パーマン』だった。
とくに『21エモン』は大好きな作品だった。
ほのぼのしているのだけど、バラエティさがある。凄い作家である。

SFマガジン掲載の短編は忘れ難い、なかでも「ヒョンヒョロ」も傑作。うさぎ型宇宙人がやってきて、ヒョンヒョロを返しなさいと言ってくる。返さないと誘拐しちゃうよと、ある家族を脅す。
しかし、ヒョンヒョロが何か、まったくわからない、宇宙人は怒り、誘拐を実行する。
空漠した寂寥感の漂うラストは素晴らしい。

ラーメンの小池さんが、突然ウルトラ・スーパー・デラックスマンになってしまう「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」も素晴らしい。
超能力を持った理不尽なものに対する無用な正義感を振りかざす小池さん、しかし、突然の終わりを迎える。
短いなかにいろんなものが詰まった短編。
8冊、三年がかりで少しづつ読んで堪能できてよかった。

最後に、スーパーマンのお話。
ラリー・ニーヴンの「スーパーマンの子孫存続に関する考察」 Man of Steel;Woman of Kleenex (Knight 1969/12)で検証されているお話。
古い版の『無常の月』 All the Myriad Ways ラリイ・ニーヴン(Larry Niven)収録。
恋人のロイスと結ばれたら、どうなるかというと、「弾よりも速く、力は機関車よりも強く、高いビルをひとっ飛び!」なのである。ということは、彼の身体のすべては、そのパワーを持っている。
ということは、想いを遂げたら、スプラッター!

失礼しました。

2019年1月3日
あけましておめでとうございます! 今年もご愛顧のほどを、よろしくお願いいたします。

2018年はなんとなく回顧の年のような感じがする。平成最後の年と呼ばれたためか、昔を振り返るようなことが多かったせいだろうと思う。
元号や西暦は、記号的な感じで受け取っていた。センチメンタルな意味合いがあるようには受け取らなかったが、年を取ったせいか、自分としての最後の元号となるかなと思うと感慨深いものがある。

さて、その2018年のおもしろかったSFを上げていこう。わりと読めた年であった。電子ブックにはまってスマホでSF以外を読みまくっていた前半を考えると主要な作品は読んでいる。
まずは、『メカ・サムライ・エンパイア』 ピーター・トライアス(Peter Tieryas)
前作は、気合が入りすぎて、地に足をつけてないと日本に征服されたアメリカの姿をうまく書かなければならないという思いが強すぎたみたいで、いまひとつ飛んでなかったが、今回は「箍(たが)」がうまくはずれたのか、おもしろくなっている。
わたしも読んでいて、アニメ的な展開で思わぬ学園ものでもあったが、好きなんだよね。
『アルマダ』 アーネスト・クライン(Ernest Cline)も、同じようにおもしろく読めた、個人的には大好き。
アンソロジー2冊、
『スタートボタンを押してください -ゲームSF傑作選』 editor:D・H・ウィルソン(Daniel Howard Wilson)&J・J・アダムズ(John Joseph Adams)
『折りたたみ北京 -現代中国SFアンソロジー』 editor:ケン・リュウ(Ken Liu)は、やはり今後、中国という国ははずせないでしょう。
人口が違い、国力もまた主義主張もまったく異質な国だ、恐るべきポテンシャルを持つ。「富めるものは富め」という考え方に囚われた国ではあるけど、文化的なことに対する貪欲さは、いまひとつ感じられない。
富と贅沢が、少しずつ文化に傾いていくと、壮大な何かが生まれる可能性もある。
20世紀は中国を舞台とした文学作品は多かった。今世紀にはいり、自らが声をあげはじめているのだろうけども、国の体制として許されないものがある。
どのように動くのか、まったく未知数であるが、それが魅力だ。
『竜のグリオールに絵を描いた男』 The Dragon Griaule ルーシャス・シェパード(Lucius Shepard)
竹書房がSFを出版しはじめている。しかも懐かしい作品が出てきている、いいね。今回も最高の一作。埋もれていた短編をまとめてくれた。
何度、読んでもいい。
『世界の終わりの天文台』 Good Morning, Midnight リリー・ブルックス=ダルトン(Lily Brooks-Dalton)
変だといえば、変、幻想的といえば幻想的、個人的に好きな雰囲気があるので、押しておきます。けなすだけでは、惜しいものがあります。
ドンパチやっていればいいわけでもないので。

『接触』 クレア・ノース(Claire North)
マイナーマスターピース。
『七人のイヴ』 Seveneves ニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)
一巻目がおもしろかった。
『トム・ハザードの止まらない時間』 How to Stop Time マット・ヘイグ(Matt Haig)
これもなかなかおもしろかったです。
『われらはレギオン』 デニス・E・テイラー(Dennis E. Taylor)
ボビヴァースなんだって、まったく同じ人間がいっぱい集まって、喧々囂々議論をするんだって、なんか背筋をぞぞっとしたものが走り、これはパロディなのか、
はたまた「とり・みき」か「吾妻ひでお」か、いや、そんなシュールではありませんので。

『六つの航跡』 ムア・ラファティ(Mur Lafferty)
おもしろいSFミステリでした。
『動乱星系』 アン・レッキー(Ann Leckie)
一巻目から読み返さないとダメなのかなあ。

翻訳ものだけです。今年も、このサイトに来ていただいて、ありがとうございました。
各リストも充実を図っています。
まだまだ不十分な部分も多いですが、時間の許すかぎり訂正させていただいています。来年もまた、よろしくお願いします。

Update:2019