ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

2018年 日々感酔

Special

2018年 日々感酔

2018年2月18日
『SFが読みたい! 2018年版』
あいかわらず和物が読めてない。翻訳ものだけで手いっぱいである。読みたいなあと思うのはあるのだけど、つい後回しにしてしまう。
その翻訳ものだが、一位はクリストファー・プリースト(Christopher Priest)の『隣接界』、二位は『母の記憶に』 ケン・リュウ(Ken Liu)、三位は『エコープラクシア -反響動作』 ピーター・ワッツ(Peter Watts)となっている。
10位内では早川書房6冊、東京創元社が4冊、『無限の書』以外は読んでいるけど、『書架の探偵』 ジーン・ウルフ(Gene Wolfe)は、いまひとつ。
『ジャック・グラス伝 -宇宙的殺人者』 アダム・ロバーツ(Adam Charles Roberts)は、けっこうな掘り出し物。期待してなかったんだけど、おもしろかったです。
『アロウズ・オブ・タイム』 グレッグ・イーガン(Greg Egan)は直交三部作の最終巻、あいかわらず、わたしには訳がわからなかった。悲しい。
『巨神計画』 シルヴァン・ヌーヴェル(Sylvain Neuvel)は、題名の通り、巨大なお手てが見つかる部分は、なんともそそるものがあるのだが、どうもその書体に引っかかるところがあった。
実はケン・リュウかなとも思っていたんですが、プリーストでしたね。
プリースト、未訳の中でも『昏れゆく島へのフーガ』、そして改訳は『伝授者』、読みたいんですけど。
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』が評判いいので、やっぱりそうだよねと思っております。実は、個人的には一位と思っておりますが。
今年もいろいろ出てきそうです。国書刊行会には是非ともエールを!今年は寂しそうです。

Amazon SFが読みたい!

Amazon クリストファー・プリースト

Amazon ケン・リュウ

Amazon ピーター・ワッツ

Amazon ジーン・ウルフ

Amazon アダム・ロバーツ

Amazon グレッグ・イーガン

Amazon シルヴァン・ヌーヴェル

Amazon ジョー・ウォルトン

2018年2月11日
アーシュラ・K・ル=グインが亡くなった。1月22日。1929年だから昭和4年生まれである。
SF作家というよりファンタジー作家と思える。出世作は両性具有のゲセン人との冬の惑星の逃避行を描く『闇の左手』。ジェンダーという概念のない形、この場合、生物学的な性ではなく社会的な性差というべきであろう。
ル=グインの理想的な社会とはなんなのか、掴むのは容易であろうと思えるが、それを具体的にするのはどうすればいいのかが難しい。
『ゲド戦記』ではアイデンティティーの問題をはらんでおり、理想郷を追い求める姿が、より直接的に書かれているように思える。
最高作は何かと言われれば『所有せざる人々』であろうと思われる。ユートピアなのだろうなと思うが、納得できないものも感じられた。
のびやかな表現は中・短編に多い。本質的に短編作家ではないかと思われるところがある。
『世界の誕生日』から二年、ベスト作品集を組んでも充分に売れると思うのだが。
ハイニッシュ、ゲド戦記、賞受賞作、エッセイの4つから選んで傑作集ができる。中でもエッセイ・批評ははずしてほしくないなあ。

また、ひとつ巨星が消えた。哀しい。

Amazon アーシュラ・K・ル=グイン

2018年2月3日
雪に噴火に流失と、いろいろあった一週間。
先週、芥川賞と直木賞の発表があった。芥川賞作家や直木賞作家というと、それなりに売れたものだが、書籍も雑誌の売り上げも低迷している今、どういう状況なのかなと思える。
作家も二作目、三作目が勝負であり、一作目の焼き直しではいかんとも思う、魅力的なテーマで三作作り上げるのであるならばと思うが、
ジェフリー・アーチャー(Jeffrey Archer)という作家は三作目が勝負とみて、それぞれ違う趣向の作品を書きあげる。確かにそうなのだが、いかにもという感じでやられるとなんだかなと思ってしまう。
芥川賞は200枚前後の作品で、短めである。
中篇なのに、一冊作るのだが、仮に1000円(消費税抜き)としよう。印税は10%、一冊100円。初版5000とすると50万。5000は低いと思うかもしれないが、海外文学の翻訳ものでは3000だという話もある。
1万部印刷されれば100万。10万部で1千万である。道は厳しい。
夢の印税生活などと言える状況でもない。
コンスタントに売れる作品を上梓しないと、生きていくのも大変だ。当然のごとく作品を書くには、ほかの作家の作品も読まなければならないし、資料も必要だ。
インターネットがあるさだって、バカ言ってんでねえ、それこそ信憑性に乏しい。いや、こんなリストサイト作っていて、こんなこというのも本末転倒かもしれんが最終的には自分の眼で見るしかないのである。
某作家は売れるまで年収100万だったという話もある。認められるのは並大抵ではない。

人は年齢を重ねると、どうやら何か言いたいものらしい。今回の芥川賞の方も六十代である。わたしも来月六十代なので、実によくわかるし、何か言いたくなければ、こんなものを書かないだろうと思う。
『創作』という魅力的な単語にひかれ、六十代で芥川賞か、「よし俺も」と思うひとも多いかもしれない。
まずは、『自分史』。
日本の私小説、「ししょうせつ」、もしくは、「わたくししょうせつ」と読む。
現在の日本での小説は明治以降、海外ものの翻訳からスタートし、換骨奪胎された多くの作品から始まっている。そのためか日本独自のものをという熱い情熱が、この私小説という言い方を生み出したのではないかと個人的に思っている。
わたしの教育、もしくは読まされたものでは、あくまでも個人の想いをスタートにし、日々のなにげない描写を積み重ね、なんらかの境地に導くものは私小説と表するように考える。
どうしたって赤裸々に己をさらけ出さざるを得ないのである。
「嫌だ」と思うし、そのためらいの気持ちが『自分史』を間違った方向へ美化していく方向へと誘われるのである。
自分が自分を評価するのは難しい。
そう思うなら、やらない方がいい。

一時期、わたしも『創作』をしていた。SF、ホラー好きなので、その方向の作品である。書いてるなかで、全体の構成のシノプシスを書いてしまうと満足する傾向を発見し、そのあとの練り直しや文章の磨き上げ洗練していく過程を嫌がる自分を発見し、これは無理だなと思った次第。
それと、ひとは体験した以上のことは書けないのかなとも思った。それと決定的なことがある。
と、いうことでこれから『自分史』や『創作』をしようと思う六十代の方へ、必要条件はこれである。

「他人様からのきつい評価を嫌がるようなら、『自分史』や『創作』はするな!!」

Amazon 芥川賞作家

Amazon 直木賞作家

2018年1月28日
1、
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』を読む。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞(James Tiptree Jr Memorial Award)を受賞。ジェンダーとは言え、作品の背景にはいっているものごとに対してだろうけど、そこまで考えるよりも、当時はそうであったというべきなのではないかと思う。
作者もそこまで考えてのことではなく、物語としてどうなのかが問題となる。ジョー・ウォルトンの作品はこれで6冊目。安定した作品ばかりで、好感をずっと持っていたけど、今回も良かった。

2、
ケン・グリムウッドの『リプレイ』、人生をやり直したいという願望は誰もが持っているものである。それを直球で書かれた作品である。
どうもタイム・パラドックスやらなんやらのお約束事やパラレル・ワールドやらと物語の整合性に眼を向けがちなところの盲点を狙ったように、願望充足の面だけに焦点を当てた作品で、それがえらくおもしろい。
この分野の代表作になっている。もちろん、最近作でも『ハリー・オーガスト、15回目の人生』 クレア・ノース(Claire North)というこの分野に対する挑戦もある。
しかし、難しい面がある。単にリプレイだけではだめであって、一工夫しなければならない。そこが難しい。

1、
もし、あの時、こうだったらと思うことは多いだろう。人生は挫折の連続でもあるのだし、不幸、幸福の繰り返しでもある。心の持ちようなどと言われるが、それは慰めでしかないのだろう。
悶々とするよりも、割り切ったほうがはるかに楽である。
ふたつの人生がある。あるきっかけにより、ふたつに分かれたある女性の物語だ。そのきっかけなのかは分からないが、ふたつの人生と世界は、少しづつ違っていく。
どちらがいいのかは、わからない。冷静な筆致で進められていく物語だ。

2、
alternate history、歴史改変ものを言う。もし、これがなかったらという前提のもとで構築された世界を舞台にした作品である。
誰それが暗殺されなかったら、どうなるか、例えばジョン・F・ケネディがダラスに行かなかったらというのがアメリカ人好みでもある。これも直球勝負の力技のような作品もあるが、『11/22/63』 スティーヴン・キング(Stephen King)のような、何かずれ込んでいく作品もある。
ひとだけではなく、事故や災害もその歴史変容の原因になる場合も多い。

1、
この作品の肝は、主人公が1926年生まれという点だろう。大正15年、昭和元年(一週間しかないけども)生まれの主人公である。
激動の時代であり、ふたつの大戦と、大きなパラダイム・シフトを経験して生きていく女性の姿が対比されつつ描かれていく。
年齢とともに、変化してく生活環境に否定的でもなく肯定的でもない筆致で淡々と進んでいく。

2、
歴史改変ものの問題はユートピアかディストピアかの命題がある。これがなかったら、これがあったから、という肯定的な表現をしがちである。
小さく振れようが、大きく振れようが、歴史は落ち着くところに落ち着いていくらしい。
ひとつの歴史、ひとつの人生しか経験してないので、よくはわからないが、たぶん、違う世界で経験しても、あまり変わらないのではないかと思える。
たぶん。

3、
生きていくのは大変である。人間はなんて因果な生き物だろうと思う。
ささやかなことに喜びを見出しながら、「もし」というところをかろうじて生き抜いている。
『わたしの本当の子どもたち』には一抹の喜びと寂しさに感じるところがあった。これがSFかと言われると、ちと違うかなとは思うけど、素敵な作品であった。

Amazon わたしの本当の子どもたち

Amazon リプレイ

Amazon ハリー・オーガスト、15回目の人生

Amazon 11/22/63

2018年1月21日
ネットフリックスの『DEVILMAN crybaby』を視る。オリジナルアニメである。全10話、ネットフリックスのアニメの大量発注はあったというニュースが流れていたけれど、どうなのかなと思ってはいた。
『悪魔城ドラキュラ』がなんとも好みに合わなくて、困った。小説のときと、アニメでは脳内環境のスイッチの入り方が違う。ゆったりした流れも小説なら受け入れてしまうのだが、アニメでは「いらっとくる」という悪質極まりない視聴者でもある。
永井豪の『デビルマン』は映像化されるたびに見ているのだが、今回も一抹の不安感はあった。けど、いい方向に裏切ってくれた。
原作は傑作である。ぶっ飛んだ記憶がある。魔王ダンテとどっちを先に読んだのかが不明ではあるが。
劇画調のアニメを期待するとだめ、オープニングの電気グルーヴの曲が耳に残り、アニメもどことなくアメリカンテイストで、ストーリーは比較的原作に忠実、オリジナルな部分もすんなり受け入れられる。
原作は原作でという部分は感じられて、好意的に解釈した。
アニメとして、おもしろい。絵が嫌いと言われるとだめかもしれないが、世界的に受け入れられる要素を多くしたのかなとは思いつつも、日本的なアニメが息づいているようにも思える。
この出来で、次々と出てくるとしたら、怖ろしいものが出来上がる可能性がある。
ネット配信畏るべし。期待しましょう。

瓦礫と化した地球で、たったひとり生き残った男はどう生きるべきか?
アルフレッド・ベスター(Alfred Bester)の『イヴのいないアダム』である。河出書房新社で出た版に二編追加して、創元SF文庫より出た。
表題の「イヴのいないアダム」は「万華鏡」 Kaleidoscope レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)と同じくらいの衝撃を与えてくれた。
最初に読んだのは、『時間と空間の冒険』 Adventures in Time and Space editor:R・J・ヒーリィ(Raymond J. Healy)/J・F・マッコーマス(J. Francis McComas)ででしたが。
このアンソロジー、ほぼ様々な本で読めるようになったけど、傑作アンソロジーとして再刊できないかな。無理なお願いだと思うのだが。
ベスターを改めて読んでみると、やはりアイデアよりもスタイルなんだなと再認識する。
恰好いいと思ったのは過去の話で、うーむ、古くなるのは致し方ないのかもしれないけど。もっとおもしろかったような気がする。
「願い星、叶い星」なんて、かってはいいなあと思ったのだけど、感性がすりきれたか。「地獄は永遠に」あまりおもしろくないのだけど、何か読み逃しているか。
う~む、代表作が一冊にまとまることはうれしいことなのだよ。
河出の奇想コレクション、文庫になっていないのがある。テリー・ビッスン(Terry Bisson)ゼナ・ヘンダースン(Zenna Henderson)あたりは、いいと思うんだけど。
パトリック・マグラア(Patrick McGrath)は必ずね。

Amazon イヴのいないアダム

Amazon レイ・ブラッドベリ

Amazon 時間と空間の冒険

Amazon テリー・ビッスン

Amazon ゼナ・ヘンダースン

Amazon パトリック・マグラア

2018年1月7日
「新青年」のデータを集めようとは考えている。もともと戦後の作品だけを対象にしようと考えていた。
戦前のデータは、かなり集めるのに苦労することもあり、とりあえずおいておく。が、それで済むわけもなく、一部の出版社は収録している。
ぼちぼち整理しないとと思っていたのだけど、博文館のデータも、何をどうすればいいのかがさっぱりわからない。
そもそも、その出版社が存在したのか、個人版なのかもわかりにくい。かなりな費用と時間を割かなければ不可能。ということで老後の楽しみとしている。
集英社、中川右介(なかがわ ゆうすけ)『江戸川乱歩と横溝正史』を読む。
江戸川乱歩は旧字体では江戸川亂歩である。このリストでも乱歩でいいのかと疑問は持っていた。戦後、ご本人が乱歩ろ使用しているのでかまわないだろうと思った。
この本でも明記してあり、ほっとする。ある時期からとなると分けなきゃいけないのかと思うと、その手間だけでも、ぞっとする。
乱歩も正史も黎明期の日本の探偵小説を支えたふたりであり、論理的な構築のミステリを得意とする。
一読して、あ、そういうことなんだと随分、勉強になりました。よく調べたなという項目もある。探偵小説というジャンルは、のちに推理小説となる、探偵という枠には収まらないということだろう。
横溝正史は一時期映画化がよくされていて『八つ墓村』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『獄門島』と、いまの50代から60代は見ているはずである。
乱歩は、もちろん明智小五郎である。わたしにとっては『怪人二十面相』である。最近ポプラ社で復刊されたので、懐かしい絵とともに手を取った方もいると思う。
晩年は紹介に傾注している。
江戸川乱歩アンソロジー、ミステリのおもしろさに改めて目を開かせてくれた『世界短篇傑作集』はすばらしい。
戦前から戦後にかけての動きがわかりやすくて、ここから派生的な調査をすると更におもしろいのではないかと思う。
今日泊亜蘭(きょうどまり あらん)との接点について、個人的にぎくりとした。そうか、あったんだよねと思わされた。
これは『今日泊亜蘭』を読まねばなるまい。作品はひととおり読んでます。
そう思わせる著作である。
ちなみにこの時代を俯瞰するには、『日本探偵小説全集』がよろしいです。全部初版で持ってたんだけど…

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

Amazon 江戸川乱歩と横溝正史

Amazon 世界短篇傑作集

Amazon 今日泊亜蘭

Amazon 日本探偵小説全集