ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

2018年 日々感酔

Special

2018年6月22日
『ローマ人の物語』にはまっている。歴史書ではなく、歴史小説として読める部分も多いし、なにより楽しめる。無味乾燥な羅列ではないところが良いと思う。
何より読者の眼を、この時代に注目させるだけの力を持つ。日本人には当然知っている織田信長と同じように欧米人にとっては、ローマの物語は基礎的な教養なのではないかと思える。
多少、嘘っぽいよねもあるが、そこは読者が判断していくべきだろう。

カルタゴと元老院「ローマ」との闘いである。チェニジア地方を拠点とする海洋国家カルタゴといまだイタリアを統一しきれていないローマとの闘いである。
ガレー船が登場する、三層の漕ぎ手を持つ船ばかりでなく五層の船を造らねばならないローマ、しかも海戦の経験に乏しい。
カルタゴとの闘いは初期はシチリア島争奪戦である。
海戦に乏しい経験のローマはなんともいえない方法を使い、カルタゴを撃退する。
驕りと工夫の違いが闘い方にも現れる。
硬直状態になったとき、一人の軍事の天才がカルタゴに現れる。
ハンニバルである。スペインから未開の地のフランスを横断し、アルプスを越えて、北イタリアからローマに攻め込む。
スペインを出るときは5万人と象37頭。途中、ローマに敵対するガリア人を吸収しながら、攻め込んでいく。紀元前200年の物語とは思えない凄さである。
稀代の英雄とはこのことをいうのだろうと思える。
特に象というのが印象的、象兵といい、『スターウォーズ』や『指輪物語』のような中世風部隊にしたスペースオペラやファンタジーでは定番の登場する敵役である。
巨大な生物を利用するのは、有利であるし、なによりも精神的な圧迫感がある。しかしアフリカ象を連れてアルプスを越えるのは至難の業であろうし、道なき道を行く、その不屈な精神力は尊敬に値する。
17年にもわたる第二次ポエニ戦争、別名ハンニバル戦争の幕開けである。

wikipedeia ハンニバルの項

Amazon ローマ人の物語

2018年6月16日
塩野七生の『ローマ人の物語』を電子ブックで、読み始めた。
新潮社から出ていたが、新潮文庫で再販されたとき、読んだ。
いろいろあって、文庫版が手元にないので、再度、読みたいというときには買い直しか、電子ブックかで、電子ブックを選んだ。
全部で15巻。ガイドブックのようなものもあるし、エンターテイメントと書かれているよねと思えるところも多々、ある。
特に、ローマを脅かす相手に対して、これは書きすぎなんじゃないのと思えるところもうかがえる。
ただ、歴史書というより、ローマ時代の紹介書と思えば、腹も立たないし、下手な小説よりもはるかに楽しめる。
特に「ハンニバル」のところは大好きであるし、「ユリウス・カエサル」も忘れ難い。
少し前にBBCの「ローマ」というテレビ・ドラマがあったが、いたく感心したことがある。当時のローマの雰囲気をすこぶる味合わせてくれる貴重なドラマだった。
BS日テレで「小さな村の物語」というドキュメントをご存知だろうか。日本では田舎はなくなりつつあるが、イタリアではいまだに村があるのかと思わされる。
日本よりも、より山岳地帯のところで地道に生活する人々の物語。
なんというか、地方都市の国であり、世界一小さい国を擁する国でもある。
ローマにしても、ナポリにしても、典型的なアマルフィにしても、日本と似ていながら、まったく違う国情である。
かなり学ぶところがある国であろうとは思うが、愛人はいかんで、セクハラもいかんで、なんか日本人が思うのと違うところが多すぎる国ではないのかと思える。
歴史を学ぶのは、違いを学ぶことでもある。
でも素敵な国である。
一度でいいから、「フォロ・ロマーノ」を見てみたい。

Amazon 塩野七生

2018年6月11日
ラ・ロシュフコー(Francois, duc de La Rochefoucauld)、もしくは、『悪魔の辞典』 The Devil's Dictionary アンブローズ・ビアス(Ambrose Bierce)風に、
「人は、金を使うのは好きである、しかし、その記録をつけるのはへたくそである」
『帳簿の世界史』 ジェイコブ・ソール(Jacob Soll)を読む。今年の4月に文庫になっている。読みたいなとは思っていたが、文春のノンフィクションのファンである。
とっても素敵なラインナップなのです。
で、かねてより複式簿記なる忌まわしいものを発明した奴は誰だと思っていた。
簿記そのものは経営には必須である。
金融工学というとんでもないものが登場し、国際会計だの、世界標準だのと言われていても、どこか日本はゆるく感じられる。
国自体が莫大な借金を背負っていてもだ、明治政府でさえもとんでもない莫大な借金を背負っていたのだが、何度かの戦争でチャラになっている。
世界的に見たら、戦争のたびに、なんかチャラになっているのねと思ってはいたけれど、そんなことはないようだ。

フランス革命の発端に疑問があった。王女が「パンがなければケーキを食べればいいわ」ということを言ったのかもしれないが、高価な首飾りを奪われたのかもしれないけども、なぜに革命が起きる。
なにか、決定的なトリガーがなければならないと思っていた。
たぶんに忘れていただけかもしれないけど、思い起こさせていただいた。側近の会計報告の暴露、いや、本人は暴露と思っていない、良かれと思っていることであれ、それが民衆の知るところとなる。
悪意を持った存在には、それだけで十分である。革命に至るまでには、民衆のパワーを貯めなければならない。
きっかけが必要である。
みすみすそんなきっかけを体制側から与えられたわけである。
でも本人は、そんなことをかけらも思っていない。
正しいと思うことは成すべきである。信念に従い、正しいことをすべきであろう。
細かい些末なことをどうのこうのいうよりも、国の借金をどうするのか、制度を合わせるために議員数を増やすという愚劣なことをする状態ではないだろう。
日本の政治家の再教育も必要だろう。
複式簿記さえもできない政治家が多いのではないか。

複式簿記は、多くの経験則の物語であった。偉大な発明はけっしてひとりから生まれるわけではないということでもあるようだ。

Amazon ラ・ロシュフコー

Amazon アンブローズ・ビアス

Amazon 帳簿の世界史

2018年6月6日
体調が悪い、なんだか眠れないし、お腹痛くなるし、弱ったものだ。元凶は、なんとなくわかっているのだが、う~ん…
仕事も忙しいし、困ったもんだ。

一作めが話題になると二作目がいまひとつという場合が多い。今年はじめに出たある作家の二作目は、傾向は違うのだけど、一作目にしてはという評価になってしまう。
ヒットした一作目にどうしても引きずられてしまうのだ。
作家の方も怖いよねえ、この作品の、この作家の二作目だというふうに売り込まれるわけである。
水準作だとしても、どうしても色眼鏡のサングラス、あつまさえ期待値までプラスされてしまう。気の毒というか、それが作家の宿命だろう。
そこをいかに乗り越えるべきかが、問題だ。お笑い界でも一発屋はいるけれど、小説でも、ゴロゴロしてるわけで、書き続けることによって、再びのヒットを生むか、新境地を開くか、大変な努力をしなければならない。
会社で適当に生きていけばいいやということにはならないわけで、実際、会社で適当というわけにはいかない、実績がものをいう世界に変化している。
日本的な社会が破壊されつつあるのも事実だろう。今回の某大学のアメフットも旧来の体制の破壊である。情報は武器になり、世界を変える。良いところは残してほしいのだが…。
あまりにも利益を搾取している、なにもしないひとが、旧来のルールを振り回しているというなら政治こそ変えるべきだろうね。
いかん、悪い癖だ、脱線した。

二作目をふたつ。
『メカ・サムライ・エンパイア』 ピーター・トライアス(Peter Tieryas)、前作の『ユナイテッド…』は、力が入りすぎなんじゃないのという感じが強くて、いまひとつ楽しめなかったのだが、今回は肩の力が抜けて、一人の少年の成長物語をからめながら、まるでゴジラ対メカゴジラ的な展開になっている。
誉め言葉なので。こちらの方が好ましい。脱力感を感じていて、もしかしたら良い作家になるような予感がする。シリアスさが足りないとか、世界構築が物足りないとかがあるかもしれないけど、確かに前作以上の世界観から脱していないのは事実だけど。楽しい。
『アルマダ』 アーネスト・クライン(Ernest Cline)、一作目は読んでない。二作目を読んだら、あ、一作目もこんな感じなのかなと思えた。ゲーム小説というよりゲーマーの物語、実にのびのびしてて、好き。
世界を救う、SFのおもしろさは、ここに尽きる。特にヲタクで根暗な奴が少しづつ成長しながら、困難を乗り越え、明日を信じて、渾身の一撃の大勝負をして世界を救う。
素敵だ。これこそ最高の醍醐味だ。

Amazon ピーター・トライアス

Amazon アーネスト・クライン

2018年5月31日
「あどせ・・」さま
わたしは、今、思っています。「あどせ・・」さまは、広告を貼れば、見ていただくだけでも収入になるというありがたい広告でございます。
クリックしたりなんらかのアクションがないと報酬が発生しない広告とは一線を隔しています。
わたしの知る限りではかような広告はございません。圧倒的な魅力でございます。
しかも「あどせ・・」さまは、丁寧なアドバイスもいただけます。
こうした方がいいよ、このようにすればいいよと教えていただけます。それだけではありません、何%かの収益アップが見込まれますと教えていただけます。
教えていただけた通りの効果が出るかどうかは、サイトの管理者の腕次第でございます。
あくまでもアドバイスはアドバイスであって、実行効果に対する責任はございません。
効果が出ないじゃないかとわめいても、あくまでもアドバイス、実際に行った管理者の問題です。
何%かアップすると書いてあるではないかと叫んでも、つまり長い目で見た場合なのか、ほかの多くのサイトの結果なのかであって、あなたのサイトでの効果でない場合もありえるということですね。
実行した管理者は、このようなアドバイスを軽々と信じてはいけないということでもあります。
何回か、痛い目に合って、よくわかったつもりでいたが甘かったです。
自動広告は、ヘッダーにコードを書いておけば、サイトの構造を分析し、最大の効果を発揮する場所に広告を打ちますというものであります。
しかし、どうやら、ある程度の訪問者数を持つサイト、もしくはブログ形式に適しているようで、ここには合わなかった。
あまりにも落ち方が激しいので、さすがに耐えきれなくなり、戻しました。
一日訪問数が700人くらいではまったく効果がないらしいというより、ファイル数が多すぎるのもひとつの原因らしいです。
トップページに必ず来てから分散するタイプ、トップ→該当ページに移行するサイトのタイプの方が圧倒的に多いと思われます。
このサイトでは、作家別のファイル構成がセンターなので、あくまでもインデックスページは道案内に過ぎません。ですので、目的のファイルに直行されてもかまいません。
そのため、たぶん作られてから、まったく訪問者のないファイルも存在してます。
うっかり楽できるという罠にはまりました。
と、いうことで元に戻しました。また無駄な作業をしてしまいました。

地味にしなきゃいけないのにね。

2018年5月25日
今週、密かにというか、アップロードに時間がかかったけど、何度目かの大幅リニューアル、たぶん何十回めかのリニューアルをした。
相変わらず、アップに時間がかかる。全部、アップロードすると3時間くらいかかる。なにせ約4万ファイルくらいある。
じんわり増えてこの数量なのは、びっくり。
この一年くらいビジネス関連の出版社を登録してて、あきれるくらい新規登録が多かったためである。
不毛かなあと思いつつ、やっていたが、一応、一区切りついた。
本来の登録作業に戻れそう。
アドセンスの手動広告にしていたのを、自動広告一本に変更する。
ホームページ内のアドセンスの広告、テキストや画像広告は三本までという制限がある。それゆえ、どこに表示するかを考えるわけだが、自動広告は、グーグルの方でコードを読み取り自動配信してくれるという。
それならばと、自動広告をオンにしたけど、とりあえず手動広告を残しておいた。
微妙な売り上げになったので、手動広告を削除することを決め、実は手動広告のコードが邪魔で見にくかった。
骨格になるコードは全部で40行くらいなので、その昔、表で表現していた頃のコードはもっと複雑怪奇で、いまみたいにCSSで制御をまとめられるのも楽。
ただ、たまに何をどうしたかを忘れてしまうんだよね。
広告のコードは、三行くらいにまとまられるけど、けっこう邪魔だった。

結果、どうなったかというと、売り上げ激減、ある程度予想はしていたので、覚悟はしていたが、時間をかけないと本当にアドセンスは難しい。
また、その広告も、「ここかよ」と思われるところに出現する。なんか妙。
数は命なのだけど、累積数にも影響されているようだ。
ユーチューブのように新規、新規で勝負をかけられるもの、また確実に見てくれる状況を作ってくれるのと、こんなサイトでは勝負にならない。
新規ではなくて、改変、改変でのサイトの不利さがある。
少しはなんとかならないか、と思うが、現在のような新規コンテンツ優位の時には無理なんだろうなと思う。
しかたない。
少なくとも、訪問者数を減らさぬように努力すべしというところだろうな。

2018年5月20日
成功体験は積み重ねるけど、それはまるで不用品を入れてある段ボール箱のように、そして成功体験を語るごとになぜか肥大していく。
「おれの時はねえ、おまえら、わかるか、わかんねえだろうな、これこれこういう事があってだな、これこれこういう事をして、今の俺があるんだ」
ささいなことが、どういうわけか過大な自己評価につながる。地面に置いた段ボール箱が小さかったのが、語ることによって巨大に巨大に、本人の自意識の中心になっていく。
哀しいことに、次に絶好のチャンスがやってきたとき、その成功体験の縮小再生産しかできなくなる。
しかも強引に、この手法で成功したから、その手法をあてはめるために強引にその手法が通用する方法へ導く。
周りは大変な迷惑である。
「だから、今回はその時とは違うので別の方法を取りませんと」などというものなら逆鱗に触れたとかいいながら怒鳴り散らす。
「俺のやり方は、こうだ、おまえは何も分かってない」違うということさえも拒絶する。
しかし、そこにさらに上が来るとこう変節する。
「あ、今回は○○くんが、がんばってくれてますから、大丈夫です。お任せください」
失敗すると○○くんが全責任を取らせれてしまう。
今回は、たまたまうまくいかなかっただけ。
人間だれしもそういうところがあるが、悲しいかな、あまりにも考えてなさすぎる。
こういう人は、失敗は風船であって、いつのまにかどこかへ飛んでいく。もしくはガスが抜けて地面に転がっている。
それこそ、あんたには大事なものではないのですか。
成功などは、その辺に転がしておいて、肥やしにしなさい。
あなたの一番重要なものは反省と、他人の能力を認める許容と、失敗から得られることを理解する知識と、自分の能力の限界を理解する勇気だ。
と、思う。
反省。

2018年5月16日
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』を見る。
正編の前史を描くというもので、アシモフのファウンデーションシリーズなどに代表される間隙を埋める物語。
昔はこういうパターン好きでなかったんだけど、ジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』でもやってるし、ジャック・キャンベルもやっている。
どう繋げていけばいいのかが、興味の対象なのだが、このTHE ORIGINでの最大の問題点はキャスパル・ダイクンがなぜシャア・アズナブルになるかである。
これに関しては穴だらけだよねと思いながらも、かなり苦労してるよねというところ。
しかし、そのあとからおもしろくなった。ルウム会戦なんか、おもわずワクワクしました。
今回のもおもしろい。やはり戦いを描かないとガンダムではない。
この6話で正編へ繋がり終了したが、何かの対談で、もう一度再作成したい正編というのがあったけど、ぜひ、作ってもらいたいと思う。
見るね、絶対、見ますね。
少しはストーリー的に変更しなければならない部分もでてくるでしょうけども。シャア視点の物語で再生してほしいな。

Amazon 機動戦士ガンダム THE ORIGIN

Amazon ファウンデーション

Amazon ジャック・キャンベル

2018年5月12日
俺はラーメン屋だ。なにがなんでもラーメン屋だ。
なのになぜ冷やし中華ばかり売れるのだ。
インスタグラム、なんじゃそりゃ、SNS、それはなんだ。そんなもので商売に影響するとは哀しいぜ。
必死にうまいスープを考え、うまい麺を考えてきたんだ。麺の歴史、小麦粉の歴史さえも熟知してるんだ。それなのに、なぜ冷やし中華なんだ。
俺のラーメンを食ってくれ、うまいはずだ。なのになぜか、来る客、来る客、みんな冷やし中華なんだ。しかもスマホをかざしている。
理解できない。渾身のラーメンを食ってくれ。

しかし、ものは考えようかもしれん。いまこの夏に向かう時期に冷やし中華、冬はどうする。
なぜ、冷やし中華が売れるのか、他の店と外見的にさほど変わらない。うむ、麺がうまい。冷たいとうまいと、俺のラーメンはどうなるのだ。
冷たい麺が受けている、冷たい、ならつけ麺にしてみたらどうなのだ。
いや、それはラーメンではない。邪道だ。しかし背に腹は代えられぬ、売れればいいのか、いや売れなければなんにもならない。
銭は大事だ、自分のプライドよりも大事かもしれない。
ここは、妥協しよう。そうしよう。

なぜだ、つけ麺が売れないのはなぜだ。相変わらず冷やし中華しか売れていない。ラーメンなどは誰も頼まない。
いかん、夏が終わる。俺はどうしたらいいのだ。

「はいはいはい、あなたの悪戦苦闘わかるね、苦しんでるね、わたしが、つけ麺もラーメンも売れるようにしてあげよう」
おお、ありがとうございます。ど、どうすればよろしいのですか。
「冷やし中華だけで、チェーン展開を考えるね、わかる、一店舗だけでなく夏場だけでも食えるようにするある、それには資本力が必要」
「ふむふむ」
「ひと、かね、もの、あなたに欠けているものは何か、わかるあるかね」
「たぶん、かね」
「ち、ち、ち、全部欠けてるね、でもわたし来たから、ひとの問題は解消ね、さ、いっしょに天国にまいりましょう」
はい、わかりました。
一歩、間違えれば奈落の底、商売は怖いねえ。

2018年5月8日
電子ブックを毛嫌いしてたわけじゃないけど、なんだかなあ、手に感触がないと読んだ気がしないし、残量がわかりにくいとなんか読む気力が失せるし、読み返したいと思っても、この辺だったなが、見当つけにくいし…とは思っていたが、スマホで読めるのは何かと便利である。
現物を持たなくていいというのはうれしい。しかしコレクターとしての満足感はまったくない。
グーグルとかアマゾンとか、いくつか試したが、現在はブックライブを使っている。ウェブマネーでお支払い。
ブックライブがわりと読みたいという本があったので。
昔、読んだものを、現在、所有していない本を読みたくて。
西村寿行の『滅びの笛』『蒼茫の大地、滅ぶ』を読む。動物パニックものの二作。『滅びの笛』は山梨県と長野県で笹が開花し笹の実が大発生し、それを食べた鼠が大量発生し、ひとを襲うというお話。
鼠嫌いなひとには、とてもとても読めないお話で、しかも大発生するのが「ハタネズミ」ではなく、一回り大きい「ドブネズミ」なのである。
しかもハードロマンの寿行である。男は耐え忍び、堪えに堪え、やがて怒りは頂点に達していく。女は蹂躙され愚弄され、悲惨な状況へ追いやられる。
西村寿行は締め切りを守る作家で、一日20枚を書き続けていたということである。で、夜は宴会、一日半分のバーボンのアーリータイムズを飲んだという話である。つきあうのは編集者。
まあ、大変な作家だねと思うが、売れていた作家でもある。昭和5年生まれ、平成19年、76歳で亡くなっている。
描写に関しては、またこれかと思うところも多々あり、作品もいくつかの傾向に分かれ、同テーマでいくつかの作品が書かれていたりする。
多作家だから、致し方のないところで、ぱちっとはまると、凄いと思わせる作家でもあった。
その『滅びの笛』、中盤にはいるとペスト菌を持っているという新たな衝撃が加わる。この辺が売れていた作家らしく、実に技術的にうまい。
しかも自然を大切にしろという最大のテーマがクライマックスにからんでくるという傑作。山梨県は全滅してしまうのだけど。
続篇がある。『滅びの宴』だが、こちらは失敗作。
ペストによる黒死病の恐怖は歴史の本を読んでも実体感がなかったがコニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』では、ひしひしと感じられた。
タイムトラベルものであるが、歴史学の学生の女の子が14世紀に行き、間違えてなかなか帰ってこれなくなるという物語。
感動的。
コニー・ウィリスは人の死の『航路』、イギリス空爆の『ブラックアウト』『オールクリア』などのターミナルな状況を描くと非常にすばらしい。
西村寿行、『荒ぶる魂』『蘭菊の狐』『虚空の影落つ』あたりかな、有名な犬ものの『老人と狩りをしない猟犬物語』や『黄金の犬』は、そのうちかなあ。

Amazon 西村寿行

Amazon 滅びの笛

Amazon 蒼茫の大地、滅ぶ

Amazon ドゥームズデイ・ブック

2018年5月5日
交渉事において、いかに相手をビビらせるかという方法がある。
だいたい、上は嫌がる、なぜ、俺がでなきゃいけないんだよ。おまえがやっておけばいいじゃないか。
多くの場合、部下の持つ不満点がこの部分に集約されている。
下に任す。冗談じゃないよ、おまえが出なきゃ話にならんだろ。そうなんだよ。みんな若い時に苦労したはずなのに、年取ると繰り返す。
なんか妙なプライドとか、性格からくる内弁慶、もしくは交渉下手、もしくはゴマするしかない唐変木。
いやいや、かならずなんかしらの欠点は持っている。俺は欠点なんか持ってないというひとがいるが、それは自分を知らないというか、見えてない岡目八目。
ということで、先週の回答めいたものを
「わかりました。上司と相談してきます」
はい、零点
「わかりました。しかし、御社の立場もわかりますが、これはなんとしてもやっていただきませんと、困ります」
はい、零点
「御社の状況は重々承知しております。どのようにしていけばいいのか御社とさらなる交渉をさせていただければと思います」
はい、40点
「御社の立場もわかっております。これ一度の話し合いでもありませんので、次回はわたくしども上司も連れてまいりたいと思います。その際には御社の今後の会社としての次なるマイルストーンを教えていただければと思います。私共がどのように協力できるかも提案できればと思います」
これぐらいで60点かなあ。
上司が嫌がれば、全部白紙だけどね、しかし、なぜ、こうも能力のない上司は、ひとに責任を負わせたがるのかが空しい。
変化を怖がる傾向もある。商売なんて変化の連続だよ、それをいかに乗り越えていくかが大事だ。
年中同じことをしてたら、それでいいというのは間違いだ。
年年歳歳、変わりゆく状況に対応しなくてはならないはずだ。

2018年5月2日
『日本SF傑作選5』光瀬龍である。宇宙年代記はすべて読んでいる。傑作と思うのは『征東都督府』である。
歴史改変ものであるが、その原因となるものが変。だいたい何かしたらとか、あの時しなかったらというのが多いのだが、そりゃま、そういうこともあるのかなとは思える。
宇宙ものが有名な著者だけど、ジュブナイルやタイムパトロールものもある。
『喪われた都市の記録』、『百億の昼と千億の夜』など、レイ・ブラッドベリのような叙情性のある作品を得意とする。
今回の作品集の後半、「マーシャン・ロード」「東キャナル文書」がそれに当たる。
しかし、思ったよりもSF、SFしてない印象には、改めてこういう作家だったっけというふうに思わされた。
アイデアよりも、書き方で読ませるため、読むたびに違う感じを抱くのかもしれない。

映画『レディ・プレイヤー1』だって、原作はアーネスト・クライン、聞いたことないなあと思ってたんだが、これがSB文庫、2014年。
ソフトバンククリエイティブなのだが、2013年までしかリストが作っていなかった。
やろうとは思ってたんだけどね。
後手になっています。
近々登録予定。

Amazon 光瀬龍

Amazon 日本SF傑作選5

Amazon アーネスト・クライン

2018年4月28日
昔、昔、ある買収された再建会社に行くと、なぜか常務がでてきました。
わたしはびっくりしてしまいました。実は値上げのお願いにお伺いしたわけです。はっきり言って、再建会社では、すんなりと認めるわけもないよねと思っていました。
格別、良いアイデアも出るわけもなく、宣言をして、その場を去るべきであろうと思いました。
挨拶が終わり、いきなり「君は再建会社に必要なものは何かと思う」と聞かれました。
当然、値上げのお願いに訪問しているわけで、まさか買収した会社の全権委任された常務が出てくるとは思いません。
ああ、これは値上げのことを言っているのだなと思い、「仕入れ値を下げて、売り上げを増やすことだと思いますが」と、おそるおそる言いました。
相手は赤字工場をいくつも再建してきた方で、業界にも知れ渡っていました。
「ふむ、それはここが、良くなってきた場合の話だな、それは今の段階では必要ない」
その雰囲気に飲まれてしまいました。
「それでは何が必要なんですか」
「環境だな、社員の働きやすい環境だ」
「給料を上げるんですか」
「給料だけではない、働くには、それだけではないだろう」
バカなわたしは、「と、言いますと」
「精神的な環境と物理的な環境がある。ここは劣悪すぎるのでやりようはいくらでもある」
「はあ」
「まずは風通しを良くする、実際の作業現場だな、グリーンを用意し、憩いの場を提供する。次に、なんでも相談しやすい状況にする」
「大変ですね」
「そうだろう、君もわかるか」
「なんとなく…」
「なんとなくか、寂しいな」
「いえ、あのなんというか、ひとを使ったことがないもので」
冷たい目で見つめられると「想像力はないのかね、ともかく今は再建のための環境整備の時だ。報告したまえ。まだ、その時期ではない」
勢いと視線で押されたが、問題です。ここで、どうするのが正しいのでしょう。
どう常務を説得すべきでしょう。
答えは次回、また来週!
え、本当に回答すんのか

2018年4月25日
アニメ『銀河英雄伝説』を見る。懐かしい。最初読んだのは確か1984年頃、阿佐ヶ谷の貸本屋で借りる。そうこの頃、まだ貸本屋があった。その店もずいぶん長くやっていたけど14~5年前に止めたようだ。
売れなきゃ続きが出ないという扱いの一巻目、読んだのはおもしろいと言われて、三巻目くらい出ていた頃だったはず。
4巻目以降は買いました。文庫版でも買いました。
確かにおもしろい、しかしこんなに宇宙船がわさわさ出てきていて、なぜか地上戦のような趣のある戦闘シーン、ごちゃごちゃ言ってもしかたがないが、未だにアメリカ陸軍でもローマ時代の戦い方を教科書にするわけで、人間の想像力には限界がある。想像力ではなく、物理的な制約かな。
仕事でも時間と空間の制圧に悩んでいて、物流のアルゴリズムをいかに作り上げるか。荷物ではなく「ひと」なので、一概に枠にはめることはできない。
点と線の組み合わせで、あれやこれや考えるのだが、技能の差や性格の差、道路の選択の差、ひとつのひとつの不安定な要素が多すぎるので、最後は「勘」。
最初に選択した「勘」みたいなものが良かったりするからわからないものだ。
『銀英伝』、何度目かのアニメ化だけど、期待しましょう。現在、第三話か。第一シーズンが12話とのこと。セカンドシーズンは映画らしい。キルヒアイスがどこにくるのかな。
『ダーリン・イン・ザ・フランキス』、アニメ制作会社のTRIGGERの作品を見ている。『キルラキル』でえらく感心させられてしまったもので。70年、80年代の「ノリ」でつくったという『キルラキル』だが、毎回、このテンションは持つのかいと思いながらも、凄いと思わされた。で、『ダーリン・イン・ザ・フランキス』を見る。第一シーズンは『エヴァ』へのオマージュか、または焼き直しかと思ったが、第二シーズンになった途端、テンションがあがりはじめた。
おもしろいね。2013年から2014年ころがアニメはひとつのピークを迎えていたようにも感じるが、いま、また盛り上がってきているようにも思える。

Amazon 銀河英雄伝説

Amazon キルラキル

Amazon ダーリン・イン・ザ・フランキス

2018年4月21日
ラリイ・ニーヴンの傑作集、『無常の月』が出版された。
映画化される「無常の月」に合わせての傑作選だが、ハリウッドの映画化は無くなることも多いので、どうかなと思っているが、小説は映画化しやすそうな題材である。
前も映画化の話があったような記憶があるのだが、調べるのは大変なのでやっていない。月が突然輝きだし、スーパームーンではなく、ウルトラウルトラスーパームーンくらいの輝きである。
太陽光の反射であるから、当然、太陽に何かあったのである。破滅テーマと思っていたけど、少し違って救いのあるパターンになっているのに、ニーヴンらしさを感じた。
救いがあるといっても、そんな明るさではないのだけど。
ニーヴンの凄さはこの短編集からではあまり感じない。アイデアストーリーが多いし、シリーズも多い。
『リングワールド』、太陽をめぐる巨大な指輪を作ってしまい、その太陽側に住むというお話。昼も夜も太陽は空に輝くので、遮蔽版を用意して夜を生み出す。
笑ってはいけません。この辺がニーヴンのユーモアであるように思う。
物理学者のフリーマン・ダイソン(Freeman J. Dyson)のダイソンスフィア(Dyson sphere)の変形ヴァージョンである。
壮大な世界を相手にしているわりに、なぜか物語的には妙なところに落ち着いていくのが実にいいのだが。
このリングワールドも映画化の話はあったが、なくなっている。壮大な姿を映像で見せるとどうなるのか、期待していたのだが。

「終末は遠くない」は剣と魔法の世界に魔法にもエネルギーが必要だろうというのがアイデア。
この考え方、魔法源をマナと称し、変形アイデアはいっぱいある。
わかりやすいんだよねえ。
『インテグラル・ツリー』は復刊してほしい。
傑作と思える『悪魔のハンマー』は、ちと内容に問題あるので、復刊は難しい。特に日本では。
『神の目の小さな塵』は傑作。
個人的には『降伏の儀式』は最高。ダンボが攻めてくる。

Amazon ラリー・ニーヴン

Amazon フリーマン・ダイソン

2018年4月14日
『ランボー』という映画がある。
シルベスター・スタローンの主演である。この原作が、『一人だけの軍隊』 First Blood デイヴィッド・マレル(David Morrell)である。
作家としてのデイヴィッド・マレルは、好きな作家のひとりである。
最初の映画は原作に忠実である。二作目、三作目とだんだん怪しくなるのは、しかたがないとも思う。
一人で軍隊って、つまりたったひとりで軍隊並みの動きができるということである。
ひと昔前であれば「わたしは部長しかできません」という笑い話もあったのだが、現実にはそういう人物もいまだにいる。
「俺は能力が高いんだ。パソコンくらいはできる」と一本指で打つという笑えないひとや、「パソコンは若いもんにやらせる。俺は命令すればいい」って、その会社全体のシステムや必要な資料はどのようにファイリングされているのか、さっぱりわからなかったりするものだから、自分勝手に自分が見やすい、わかりやすい資料を求めるという二重手間を平気でかける。
膠着化した思考ほど迷惑なものはない。
社会に出たひとたちでも、自分の考え方に膠着するひともいるようで、同じような言い方をするひともいるようだ。
目指すのは、ひとりで総務、経理、営業、製造、品質管理、生産管理、雑用までできる、まさに『一人だけの会社』を体現できるようになってほしいと思う。
ワンマン・アーミー、こんな言葉はないけれど、そうなれるように頑張ってほしいなと思う。
そうでないと起業など、夢のまた夢に終わってしまうような気がする。
某どこやらの事務所と軍団がもめているが、現場と管理の乖離の問題であるように思う。どこでもあるんだけど、まったく儲けていないのに自分の力で儲けているように錯覚してしまう。
内紛はどこにでもあることだし、仲間で起業すれば失敗しても成功しても必ずもめる。
蜜月は冷めるためにあるものだ。冷めたあとが、真価を発揮しなければならない場なのだ。
新人よ、がんばれ!!

Amazon デイヴィッド・マレル

Amazon シルベスター・スタローン

2018年4月7日
22年めである。いろいろあった21年だが、こちらは変わらず存在している。
ずいぶん内容も変わってきた。やれることは増えているのだが、資料をまとめるだけでも大変である。
こまめな更新を行っているが、大幅な改変がなかなかしづらい。弱ったなあと思っているのだが、一部変更をはじめている。
主にレイアウトである。見にくいというか、美しくない部分を改良中。

『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン7をようやく見る。第六シーズン、第七シーズンとぱたぱたと拡げてきた大風呂敷をいきなりたたみ直しているように見える。
張ってきた伏線をまとめているんだろうけど、第五シーズンまでと比べると流れが速すぎないかとも思う。
それと今シーズンの距離感と時間線があまりにもいい加減に感じられる。
ドラゴン・ピットから王宮まで、一日に何度も往復できるほど近いのか、いかにドラゴンであろうともそんなに簡単に壁までたどりつけるのか。
と、細々としたことが気になる。
ファンタジー、この作品も異世界ファンタジーなのだけど、惑星に移住した人類と原住民、新たなる侵略者の戦いでありそこはSFの味付けがしてある。なのでリアリティを追求していたように思う。
多くのファンタジーの場合、箱庭的な広さ、ご都合主義的な時間間隔がある。それを避けるために現実の世界から少し変化した世界を構築する場合が多々ある。
かの『指輪物語』でも箱庭的な広さから脱し切れてないと思う。世界をまるごと構築する想像力はかなり疲弊する。
小さい世界で展開しながら、広大な世界を垣間見せるのがファンタジーのおもしろさであり、それが世界観であると思う。
こう考えてくると、そういう作品は少ないなと思う。『氷と炎の歌』は力業のようなところがあって、惑星まるごと構築するのかと思われるような凄さを感じる。
ドラマ版が先行しているので、本は書かれるかどうかわからなくなってしまった。
気長に待ちましょう。一作目から既に20年か。

Amazon 氷と炎の歌

Amazon ゲーム・オブ・スローンズ

2018年3月31日
パソコンが壊れた。
久々のことであった。6年ぶりか、液晶にムラが出ていたし、やばそうだなと思い、データはばっちりバックアップを取っておいた。
それでも操作中に液晶がおなくなりになったものだから、いくつか救えないファイルがあったのも確か。
再設定のめんどくさいこと、そもそもWindows10で動作保証をしていないツールをいくつも使っている。そのツール類がないとやっていけないのだ。悲しいことに。
それに前のパソコン、ノートであるが、ずっと「Ctrl」キーが壊れていてかなりキー設定を変えていた。
おかげで変なくせがついている。ともかく繋ぎのノートパソコンはなんとかなったわけだが、DELLである。またDELLかよと思いつつ、一度ぶっ壊しているのであるが廉価版はさすがにおもちゃみたい。
恰好良いものは求めていない、実用一点で使えればいい。
マイクロソフト標準のソフトを使うとこれはどこにあるのかと迷うことが多い。「Outlook」などいまだに良くわからない。
スピードもそこそこ、ゲームをするんじゃなきゃこれで十分。
メモリ増設の際、キーボードを取り外し、裏蓋もはずさなきゃいけないのは勘弁してほしい。これは非常識だ。パソコンを分解したことのないひとには大きなプレッシャーになる仕様だ。
Windowsもハードもブラックボックス化するのはないと思う。開けるなということだろう。
BIOS設定が勝手にWindows仕様になっている部分もある。
BIOSは、たいていのパソコンにある。非常に簡略化されているのもある。大昔はAMIかAWARDくらいだった。
起動時のロゴが出たところでF2やらF12を押せば現れる。あれ、ずいぶん細かいなと思ったが、よく見ると必要のないものばかり。こんなものをいじってもとても効果はあるまいなとファンクションキーを使えるように設定した。
しかしえらく時間かかった。

今回、少し毒気を抜かれてしまった。無くてもなんとかなるんだったら、そんなに気合を入れてもと思った次第。
ともかく、がんばるべえ

2018年3月25日
やっと落ちていた翻訳本リストの登録の終了が見えてきたような気がする。
収録し直すかと思い始めて、一年半、まだ道半ばではあるけれど。
ビジネス本である。
PHP研究所(PHP Institute)日本経済新聞社CCCメディアハウス(CCC Media House)ダイヤモンド社(DiamondSha)ディスカヴァー・トゥエンティワン(Discover21)東洋経済新報社(Toyo Keizai Inc.)
しかし、良く出ているということは、売れているということでもある。
内容は人間関係と金に集約されるのであるが。
題名に、数字をつけるのが皆さん、お好きなようで、特に3、5、7の奇数、もしくは10が好きなようだ。この数字の組み合わせも好まれるようだ。
三人寄れば派閥ができるというのが人間の社会である。しかし書名だけ見ているだけでお腹一杯の気分にさせられるのはなぜだろう。
翻訳というフィルターがはいっていることを考えてみると、ある程度の水準に達しているんだろうなとは思うのだが…
日本の和書、特に新書は『なんとかの壁』以降、もしくは『人は見た目でどうのこうの』、『さおだけ屋はなぜ…』以降、親父の愚痴化は酷いものがある。
本屋で見れば見るほど、この本を誰が購入するのかと思える。特に職場うんぬん、若いもんの社会的特性うんぬん、昔はこうだったうんぬん、それらは居酒屋の親父の愚痴レベルであろうし、啓蒙ではなく、下劣な共感を求めているように感じられるのは何故。
出版は文化であり、それなりに世に問うものでもあるとは思うのだが、商業主義に走りがちな中だが、儲けなければ会社ではないは真実であり、それゆえ90%は葛であるわけであって、金を儲ける手段としての作品と、本気で取り組む作品とがあるのは致し方ないとは思う。
さて、『世の中の99%は金で解決できる、しかし残り1%が問題だ』という本は売れると思いますか。

ビジネス本の多くは、一行に集約されるのではないかと思える。事例の中からいかにコア・コンピタンスを見つけるかと似ているように思う。
行動か、知識か、最初に行動あり、それが知識により体系化されるのが大事であると思う。
しかし、会社研修でそんなことはひとつも出ない。
なぜなら会社は自社に不利なことは従業員に教えず、会社に有利なことしか教育しようとしないから。
そんなことばかり繰り返していると、どこかで破綻すると思えるのだが…米百俵の精神はどこへやら。

2018年3月10日
ようやく映画『メッセージ』を見る。評判はよかったし、おもしろい。
コミュニケーションの物語だ。出てくる宇宙船が「ばかうけ」だとか言われているが、わたしはカビ付けした鰹節だなと思った。
鰹節のような味がある。
『あなたの人生の物語』 テッド・チャン(Ted Chiang)が、原作。読んではいるのだが、まったく思い出せないのは情けない。
「理解」とかそちらの方がおもしろかったといううっすらとした記憶のみ。
映画は異星人とのファースト・コンタクトに始まる。なかなか言語での会話がかみ合わない。人間がどういうものかわかっているのなら、それなりに準備してやってくればいいのにと思うのだが、と最後まで見ると思ってしまう。
悲しい物語を含みながらも、楽しませていただきました。

『風から水へ』鈴木宏 論創社、出版人の回想録がここ2、3年よく出版されているように思う。その中の一冊。
このサイトを作る過程で知った出版社が書肆風の薔薇、のちの水声社である。ラテンアメリカ文学のリストをまとめるなかで、知った。
ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel García Márquesz)の著名な『百年の孤独』は途中で挫折したまま、あまりいいラテン・アメリカ文学の読み手ではないのだが、実は気になる。
そのうちにと思っているうちに、機会を逃すんだよね。
水声社の社長のインタビューである。前半は半生であるが後半は零細出版社の内情である。外文(外国文学)の愛読者は一説には3000人ともいわれている。つまり金を出して本を購入するファンが。
数値的なデータをよく見ると、それも頷けるような結果である。
外文読みはいかに少ないのか、コアなSFファンも似たようなものかもしれないが。
水声社を意識したのは『煙滅』 ジョルジュ・ペレック(Georges Perec)である。この作品、リポグラムという文字落としの技巧を使って書かれた作品。
ペレックはフランス人で「e」を使わない作品を書いた、フランス語では「e」を多用する。そんな実験作を翻訳してしまったのも凄い。「い」の段を使わないそうである。
実は読んでない。購入しようとしたら、本が高い。買おう買おうと思いつつ、すでに7年経過。
ついね、読まねばと思っているものが多いのです。
『風から水へ』の中には、ずいぶん気づかされることが多かった。零細企業の社長は、本業では一社員として稼げる手段、もしくは外で給料を稼ぐ手段を持たないといけないものなんだなと改めて思わされた。
夢の印税生活などと呑気に言えない、情熱あふれる方々に支えられているということもよくわかる。
赤裸々に描かれた一冊。ちょいと積読をしていたんですが、素晴らしいです。

Amazon メッセージ

Amazon 風から水へ

Amazon ガブリエル・ガルシア=マルケス

Amazon ジョルジュ・ペレック

2018年3月3日
子どもの頃、『エイトマン』が好きだった。石森章太郎の『幻魔大戦』も好きだった。漫画は途中で中断し、この「月」はどうなるのだと思っていた。
それから10年ほど立って、その続きを読めるとは思わなかったが、なんか違うよねと、思った。あらぬ方向に物語は進みはじめ、あっという間にとんでもない事態になってしまった。

平井和正。情念の作家、SF的なガジェットを駆使するが、基本的にSFではないというイメージだった。しかし西村寿行のハードロマン、バイオレンスロマンものに先行することウルフガイシリーズは、平井和正に書かれるべきして書かれたようにも思う。
『日本SF傑作選4』には、平井和正の初期の短編と長編は収録されている。『超革中』が収録されていると勝手に思い込んでいたけれど、違いました。
再度、読んでみると、昔のイメージと変わらない。個人的に、こんな作品を書いてみたいと思った時期もあった。
『幻魔大戦』1万8000枚、『ウルフガイ』6000枚、『アダルト・ウルフガイ』5000枚、『地球樹の女神』6000枚、原稿用紙に換算してだそうだ。
「幻魔」は「真・幻魔」も含むとのこと。一冊600枚を本一冊として、『幻魔大戦』は30巻になる。現実には合わせると28巻であるが。
角川文庫版20巻、集英社文庫版では10巻、初期ヴァージョンは読んでいる。
当時は○幻(まるげん)(○の中に幻)と言って多少、いやかなり揶揄して言っていた時期もあった。
SFアドベンチャー(SF Adventure) 1979/Spring-1993/Summerは平井和正マガジンの様相を呈し、作品が掲載されていないと売り上げが落ちたそうだ。すでに伝説である。
初期の作品には、そののちの作品の萌芽があるというが、まさにそう思う。

Amazon 日本SF傑作選

Amazon 平井和正

Amazon 西村寿行

2018年2月25日
「おもしろい」
「おもしろくない」
考え方ひとつで、大きな変化を生み出せるものである。冬季オリンピックを見ると、ずいぶんポジティヴに考えて実行できる日本人が増えてきたんだなと思う。
すごいね、どちらかというと日本人て、総論めいて言ってしまうとまずいかもしれないけど、「おもしろくない」もしくは「失敗しちゃったら」が多いと思う。
「おもしろい」という方向性を持たないと何事もうまくいかないものなんだなと経験値を増やすと納得できてくるものである。
いや、すごい、素晴らしい。

『J・G・バラード短編全集』 The Complete Short Stories J. G. Ballard J・G・バラード(J. G. Ballard)が全五巻で完結した。やはり三巻めがいいと思う。

来月、ラリー・ニーヴン(Larry Niven)の傑作集が出るらしい。
壮大な世界を舞台にしているのだけど、6畳くらいのリビング・ルームで、床にはいっぱい「レゴ」のパーツがある。「レゴ」のパーツがなにやら組みあがっていくのだけど、なんかいびつで不細工、でも魅力にあふれていて、楽しそうに見える。
でも、まだ床には「レゴ」のパーツがいっぱい残っている。これどうするのかなと思っていると、そこで終わりだよ、みたいな作風。
それが素敵。
受賞作中心のようだけど、「無常の月」「太陽系辺境空域」「ホール・マン」なのだが、異星種族を書かせると抜群のオリジナリティを発揮する。それらも収録してね。

Amazon J・G・バラード短編全集

Amazon ラリー・ニーヴン

2018年2月18日
『SFが読みたい! 2018年版』
あいかわらず和物が読めてない。翻訳ものだけで手いっぱいである。読みたいなあと思うのはあるのだけど、つい後回しにしてしまう。
その翻訳ものだが、一位はクリストファー・プリースト(Christopher Priest)の『隣接界』、二位は『母の記憶に』 ケン・リュウ(Ken Liu)、三位は『エコープラクシア -反響動作』 ピーター・ワッツ(Peter Watts)となっている。
10位内では早川書房6冊、東京創元社が4冊、『無限の書』以外は読んでいるけど、『書架の探偵』 ジーン・ウルフ(Gene Wolfe)は、いまひとつ。
『ジャック・グラス伝 -宇宙的殺人者』 アダム・ロバーツ(Adam Charles Roberts)は、けっこうな掘り出し物。期待してなかったんだけど、おもしろかったです。
『アロウズ・オブ・タイム』 グレッグ・イーガン(Greg Egan)は直交三部作の最終巻、あいかわらず、わたしには訳がわからなかった。悲しい。
『巨神計画』 シルヴァン・ヌーヴェル(Sylvain Neuvel)は、題名の通り、巨大なお手てが見つかる部分は、なんともそそるものがあるのだが、どうもその書体に引っかかるところがあった。
実はケン・リュウかなとも思っていたんですが、プリーストでしたね。
プリースト、未訳の中でも『昏れゆく島へのフーガ』、そして改訳は『伝授者』、読みたいんですけど。
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』が評判いいので、やっぱりそうだよねと思っております。実は、個人的には一位と思っておりますが。
今年もいろいろ出てきそうです。国書刊行会には是非ともエールを!今年は寂しそうです。

Amazon SFが読みたい!

Amazon クリストファー・プリースト

Amazon ケン・リュウ

Amazon ピーター・ワッツ

Amazon ジーン・ウルフ

Amazon アダム・ロバーツ

Amazon グレッグ・イーガン

Amazon シルヴァン・ヌーヴェル

Amazon ジョー・ウォルトン

2018年2月11日
アーシュラ・K・ル=グインが亡くなった。1月22日。1929年だから昭和4年生まれである。
SF作家というよりファンタジー作家と思える。出世作は両性具有のゲセン人との冬の惑星の逃避行を描く『闇の左手』。ジェンダーという概念のない形、この場合、生物学的な性ではなく社会的な性差というべきであろう。
ル=グインの理想的な社会とはなんなのか、掴むのは容易であろうと思えるが、それを具体的にするのはどうすればいいのかが難しい。
『ゲド戦記』ではアイデンティティーの問題をはらんでおり、理想郷を追い求める姿が、より直接的に書かれているように思える。
最高作は何かと言われれば『所有せざる人々』であろうと思われる。ユートピアなのだろうなと思うが、納得できないものも感じられた。
のびやかな表現は中・短編に多い。本質的に短編作家ではないかと思われるところがある。
『世界の誕生日』から二年、ベスト作品集を組んでも充分に売れると思うのだが。
ハイニッシュ、ゲド戦記、賞受賞作、エッセイの4つから選んで傑作集ができる。中でもエッセイ・批評ははずしてほしくないなあ。

また、ひとつ巨星が消えた。哀しい。

Amazon アーシュラ・K・ル=グイン

2018年2月3日
雪に噴火に流失と、いろいろあった一週間。
先週、芥川賞と直木賞の発表があった。芥川賞作家や直木賞作家というと、それなりに売れたものだが、書籍も雑誌の売り上げも低迷している今、どういう状況なのかなと思える。
作家も二作目、三作目が勝負であり、一作目の焼き直しではいかんとも思う、魅力的なテーマで三作作り上げるのであるならばと思うが、
ジェフリー・アーチャー(Jeffrey Archer)という作家は三作目が勝負とみて、それぞれ違う趣向の作品を書きあげる。確かにそうなのだが、いかにもという感じでやられるとなんだかなと思ってしまう。
芥川賞は200枚前後の作品で、短めである。
中篇なのに、一冊作るのだが、仮に1000円(消費税抜き)としよう。印税は10%、一冊100円。初版5000とすると50万。5000は低いと思うかもしれないが、海外文学の翻訳ものでは3000だという話もある。
1万部印刷されれば100万。10万部で1千万である。道は厳しい。
夢の印税生活などと言える状況でもない。
コンスタントに売れる作品を上梓しないと、生きていくのも大変だ。当然のごとく作品を書くには、ほかの作家の作品も読まなければならないし、資料も必要だ。
インターネットがあるさだって、バカ言ってんでねえ、それこそ信憑性に乏しい。いや、こんなリストサイト作っていて、こんなこというのも本末転倒かもしれんが最終的には自分の眼で見るしかないのである。
某作家は売れるまで年収100万だったという話もある。認められるのは並大抵ではない。

人は年齢を重ねると、どうやら何か言いたいものらしい。今回の芥川賞の方も六十代である。わたしも来月六十代なので、実によくわかるし、何か言いたくなければ、こんなものを書かないだろうと思う。
『創作』という魅力的な単語にひかれ、六十代で芥川賞か、「よし俺も」と思うひとも多いかもしれない。
まずは、『自分史』。
日本の私小説、「ししょうせつ」、もしくは、「わたくししょうせつ」と読む。
現在の日本での小説は明治以降、海外ものの翻訳からスタートし、換骨奪胎された多くの作品から始まっている。そのためか日本独自のものをという熱い情熱が、この私小説という言い方を生み出したのではないかと個人的に思っている。
わたしの教育、もしくは読まされたものでは、あくまでも個人の想いをスタートにし、日々のなにげない描写を積み重ね、なんらかの境地に導くものは私小説と表するように考える。
どうしたって赤裸々に己をさらけ出さざるを得ないのである。
「嫌だ」と思うし、そのためらいの気持ちが『自分史』を間違った方向へ美化していく方向へと誘われるのである。
自分が自分を評価するのは難しい。
そう思うなら、やらない方がいい。

一時期、わたしも『創作』をしていた。SF、ホラー好きなので、その方向の作品である。書いてるなかで、全体の構成のシノプシスを書いてしまうと満足する傾向を発見し、そのあとの練り直しや文章の磨き上げ洗練していく過程を嫌がる自分を発見し、これは無理だなと思った次第。
それと、ひとは体験した以上のことは書けないのかなとも思った。それと決定的なことがある。
と、いうことでこれから『自分史』や『創作』をしようと思う六十代の方へ、必要条件はこれである。

「他人様からのきつい評価を嫌がるようなら、『自分史』や『創作』はするな!!」

Amazon 芥川賞作家

Amazon 直木賞作家

2018年1月28日
1、
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』を読む。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞(James Tiptree Jr Memorial Award)を受賞。ジェンダーとは言え、作品の背景にはいっているものごとに対してだろうけど、そこまで考えるよりも、当時はそうであったというべきなのではないかと思う。
作者もそこまで考えてのことではなく、物語としてどうなのかが問題となる。ジョー・ウォルトンの作品はこれで6冊目。安定した作品ばかりで、好感をずっと持っていたけど、今回も良かった。

2、
ケン・グリムウッドの『リプレイ』、人生をやり直したいという願望は誰もが持っているものである。それを直球で書かれた作品である。
どうもタイム・パラドックスやらなんやらのお約束事やパラレル・ワールドやらと物語の整合性に眼を向けがちなところの盲点を狙ったように、願望充足の面だけに焦点を当てた作品で、それがえらくおもしろい。
この分野の代表作になっている。もちろん、最近作でも『ハリー・オーガスト、15回目の人生』 クレア・ノース(Claire North)というこの分野に対する挑戦もある。
しかし、難しい面がある。単にリプレイだけではだめであって、一工夫しなければならない。そこが難しい。

1、
もし、あの時、こうだったらと思うことは多いだろう。人生は挫折の連続でもあるのだし、不幸、幸福の繰り返しでもある。心の持ちようなどと言われるが、それは慰めでしかないのだろう。
悶々とするよりも、割り切ったほうがはるかに楽である。
ふたつの人生がある。あるきっかけにより、ふたつに分かれたある女性の物語だ。そのきっかけなのかは分からないが、ふたつの人生と世界は、少しづつ違っていく。
どちらがいいのかは、わからない。冷静な筆致で進められていく物語だ。

2、
alternate history、歴史改変ものを言う。もし、これがなかったらという前提のもとで構築された世界を舞台にした作品である。
誰それが暗殺されなかったら、どうなるか、例えばジョン・F・ケネディがダラスに行かなかったらというのがアメリカ人好みでもある。これも直球勝負の力技のような作品もあるが、『11/22/63』 スティーヴン・キング(Stephen King)のような、何かずれ込んでいく作品もある。
ひとだけではなく、事故や災害もその歴史変容の原因になる場合も多い。

1、
この作品の肝は、主人公が1926年生まれという点だろう。大正15年、昭和元年(一週間しかないけども)生まれの主人公である。
激動の時代であり、ふたつの大戦と、大きなパラダイム・シフトを経験して生きていく女性の姿が対比されつつ描かれていく。
年齢とともに、変化してく生活環境に否定的でもなく肯定的でもない筆致で淡々と進んでいく。

2、
歴史改変ものの問題はユートピアかディストピアかの命題がある。これがなかったら、これがあったから、という肯定的な表現をしがちである。
小さく振れようが、大きく振れようが、歴史は落ち着くところに落ち着いていくらしい。
ひとつの歴史、ひとつの人生しか経験してないので、よくはわからないが、たぶん、違う世界で経験しても、あまり変わらないのではないかと思える。
たぶん。

3、
生きていくのは大変である。人間はなんて因果な生き物だろうと思う。
ささやかなことに喜びを見出しながら、「もし」というところをかろうじて生き抜いている。
『わたしの本当の子どもたち』には一抹の喜びと寂しさに感じるところがあった。これがSFかと言われると、ちと違うかなとは思うけど、素敵な作品であった。

Amazon わたしの本当の子どもたち

Amazon リプレイ

Amazon ハリー・オーガスト、15回目の人生

Amazon 11/22/63

2018年1月21日
ネットフリックスの『DEVILMAN crybaby』を視る。オリジナルアニメである。全10話、ネットフリックスのアニメの大量発注はあったというニュースが流れていたけれど、どうなのかなと思ってはいた。
『悪魔城ドラキュラ』がなんとも好みに合わなくて、困った。小説のときと、アニメでは脳内環境のスイッチの入り方が違う。ゆったりした流れも小説なら受け入れてしまうのだが、アニメでは「いらっとくる」という悪質極まりない視聴者でもある。
永井豪の『デビルマン』は映像化されるたびに見ているのだが、今回も一抹の不安感はあった。けど、いい方向に裏切ってくれた。
原作は傑作である。ぶっ飛んだ記憶がある。魔王ダンテとどっちを先に読んだのかが不明ではあるが。
劇画調のアニメを期待するとだめ、オープニングの電気グルーヴの曲が耳に残り、アニメもどことなくアメリカンテイストで、ストーリーは比較的原作に忠実、オリジナルな部分もすんなり受け入れられる。
原作は原作でという部分は感じられて、好意的に解釈した。
アニメとして、おもしろい。絵が嫌いと言われるとだめかもしれないが、世界的に受け入れられる要素を多くしたのかなとは思いつつも、日本的なアニメが息づいているようにも思える。
この出来で、次々と出てくるとしたら、怖ろしいものが出来上がる可能性がある。
ネット配信畏るべし。期待しましょう。

瓦礫と化した地球で、たったひとり生き残った男はどう生きるべきか?
アルフレッド・ベスター(Alfred Bester)の『イヴのいないアダム』である。河出書房新社で出た版に二編追加して、創元SF文庫より出た。
表題の「イヴのいないアダム」は「万華鏡」 Kaleidoscope レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)と同じくらいの衝撃を与えてくれた。
最初に読んだのは、『時間と空間の冒険』 Adventures in Time and Space editor:R・J・ヒーリィ(Raymond J. Healy)/J・F・マッコーマス(J. Francis McComas)ででしたが。
このアンソロジー、ほぼ様々な本で読めるようになったけど、傑作アンソロジーとして再刊できないかな。無理なお願いだと思うのだが。
ベスターを改めて読んでみると、やはりアイデアよりもスタイルなんだなと再認識する。
恰好いいと思ったのは過去の話で、うーむ、古くなるのは致し方ないのかもしれないけど。もっとおもしろかったような気がする。
「願い星、叶い星」なんて、かってはいいなあと思ったのだけど、感性がすりきれたか。「地獄は永遠に」あまりおもしろくないのだけど、何か読み逃しているか。
う~む、代表作が一冊にまとまることはうれしいことなのだよ。
河出の奇想コレクション、文庫になっていないのがある。テリー・ビッスン(Terry Bisson)ゼナ・ヘンダースン(Zenna Henderson)あたりは、いいと思うんだけど。
パトリック・マグラア(Patrick McGrath)は必ずね。

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Amazon テリー・ビッスン

Amazon ゼナ・ヘンダースン

Amazon パトリック・マグラア

2018年1月7日
「新青年」のデータを集めようとは考えている。もともと戦後の作品だけを対象にしようと考えていた。
戦前のデータは、かなり集めるのに苦労することもあり、とりあえずおいておく。が、それで済むわけもなく、一部の出版社は収録している。
ぼちぼち整理しないとと思っていたのだけど、博文館のデータも、何をどうすればいいのかがさっぱりわからない。
そもそも、その出版社が存在したのか、個人版なのかもわかりにくい。かなりな費用と時間を割かなければ不可能。ということで老後の楽しみとしている。
集英社、中川右介(なかがわ ゆうすけ)『江戸川乱歩と横溝正史』を読む。
江戸川乱歩は旧字体では江戸川亂歩である。このリストでも乱歩でいいのかと疑問は持っていた。戦後、ご本人が乱歩ろ使用しているのでかまわないだろうと思った。
この本でも明記してあり、ほっとする。ある時期からとなると分けなきゃいけないのかと思うと、その手間だけでも、ぞっとする。
乱歩も正史も黎明期の日本の探偵小説を支えたふたりであり、論理的な構築のミステリを得意とする。
一読して、あ、そういうことなんだと随分、勉強になりました。よく調べたなという項目もある。探偵小説というジャンルは、のちに推理小説となる、探偵という枠には収まらないということだろう。
横溝正史は一時期映画化がよくされていて『八つ墓村』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『獄門島』と、いまの50代から60代は見ているはずである。
乱歩は、もちろん明智小五郎である。わたしにとっては『怪人二十面相』である。最近ポプラ社で復刊されたので、懐かしい絵とともに手を取った方もいると思う。
晩年は紹介に傾注している。
江戸川乱歩アンソロジー、ミステリのおもしろさに改めて目を開かせてくれた『世界短篇傑作集』はすばらしい。
戦前から戦後にかけての動きがわかりやすくて、ここから派生的な調査をすると更におもしろいのではないかと思う。
今日泊亜蘭(きょうどまり あらん)との接点について、個人的にぎくりとした。そうか、あったんだよねと思わされた。
これは『今日泊亜蘭』を読まねばなるまい。作品はひととおり読んでます。
そう思わせる著作である。
ちなみにこの時代を俯瞰するには、『日本探偵小説全集』がよろしいです。全部初版で持ってたんだけど…

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

Amazon 江戸川乱歩と横溝正史

Amazon 世界短篇傑作集

Amazon 今日泊亜蘭

Amazon 日本探偵小説全集

AmeqList since 1996 Update:2018/ 5