ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

2018年 日々感酔

Special

2018年 日々感酔

2018年4月21日
ラリイ・ニーヴンの傑作集、『無常の月』が出版された。
映画化される「無常の月」に合わせての傑作選だが、ハリウッドの映画化は無くなることも多いので、どうかなと思っているが、小説は映画化しやすそうな題材である。
前も映画化の話があったような記憶があるのだが、調べるのは大変なのでやっていない。月が突然輝きだし、スーパームーンではなく、ウルトラウルトラスーパームーンくらいの輝きである。
太陽光の反射であるから、当然、太陽に何かあったのである。破滅テーマと思っていたけど、少し違って救いのあるパターンになっているのに、ニーヴンらしさを感じた。
救いがあるといっても、そんな明るさではないのだけど。
ニーヴンの凄さはこの短編集からではあまり感じない。アイデアストーリーが多いし、シリーズも多い。
『リングワールド』、太陽をめぐる巨大な指輪を作ってしまい、その太陽側に住むというお話。昼も夜も太陽は空に輝くので、遮蔽版を用意して夜を生み出す。
笑ってはいけません。この辺がニーヴンのユーモアであるように思う。
物理学者のフリーマン・ダイソン(Freeman J. Dyson)のダイソンスフィア(Dyson sphere)の変形ヴァージョンである。
壮大な世界を相手にしているわりに、なぜか物語的には妙なところに落ち着いていくのが実にいいのだが。
このリングワールドも映画化の話はあったが、なくなっている。壮大な姿を映像で見せるとどうなるのか、期待していたのだが。

「終末は遠くない」は剣と魔法の世界に魔法にもエネルギーが必要だろうというのがアイデア。
この考え方、魔法源をマナと称し、変形アイデアはいっぱいある。
わかりやすいんだよねえ。
『インテグラル・ツリー』は復刊してほしい。
傑作と思える『悪魔のハンマー』は、ちと内容に問題あるので、復刊は難しい。特に日本では。
『神の目の小さな塵』は傑作。
個人的には『降伏の儀式』は最高。ダンボが攻めてくる。

Amazon ラリー・ニーヴン

Amazon フリーマン・ダイソン

2018年4月14日
『ランボー』という映画がある。
シルベスター・スタローンの主演である。この原作が、『一人だけの軍隊』 First Blood デイヴィッド・マレル(David Morrell)である。
作家としてのデイヴィッド・マレルは、好きな作家のひとりである。
最初の映画は原作に忠実である。二作目、三作目とだんだん怪しくなるのは、しかたがないとも思う。
一人で軍隊って、つまりたったひとりで軍隊並みの動きができるということである。
ひと昔前であれば「わたしは部長しかできません」という笑い話もあったのだが、現実にはそういう人物もいまだにいる。
「俺は能力が高いんだ。パソコンくらいはできる」と一本指で打つという笑えないひとや、「パソコンは若いもんにやらせる。俺は命令すればいい」って、その会社全体のシステムや必要な資料はどのようにファイリングされているのか、さっぱりわからなかったりするものだから、自分勝手に自分が見やすい、わかりやすい資料を求めるという二重手間を平気でかける。
膠着化した思考ほど迷惑なものはない。
社会に出たひとたちでも、自分の考え方に膠着するひともいるようで、同じような言い方をするひともいるようだ。
目指すのは、ひとりで総務、経理、営業、製造、品質管理、生産管理、雑用までできる、まさに『一人だけの会社』を体現できるようになってほしいと思う。
ワンマン・アーミー、こんな言葉はないけれど、そうなれるように頑張ってほしいなと思う。
そうでないと起業など、夢のまた夢に終わってしまうような気がする。
某どこやらの事務所と軍団がもめているが、現場と管理の乖離の問題であるように思う。どこでもあるんだけど、まったく儲けていないのに自分の力で儲けているように錯覚してしまう。
内紛はどこにでもあることだし、仲間で起業すれば失敗しても成功しても必ずもめる。
蜜月は冷めるためにあるものだ。冷めたあとが、真価を発揮しなければならない場なのだ。
新人よ、がんばれ!!

Amazon デイヴィッド・マレル

Amazon シルベスター・スタローン

2018年4月7日
22年めである。いろいろあった21年だが、こちらは変わらず存在している。
ずいぶん内容も変わってきた。やれることは増えているのだが、資料をまとめるだけでも大変である。
こまめな更新を行っているが、大幅な改変がなかなかしづらい。弱ったなあと思っているのだが、一部変更をはじめている。
主にレイアウトである。見にくいというか、美しくない部分を改良中。

『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン7をようやく見る。第六シーズン、第七シーズンとぱたぱたと拡げてきた大風呂敷をいきなりたたみ直しているように見える。
張ってきた伏線をまとめているんだろうけど、第五シーズンまでと比べると流れが速すぎないかとも思う。
それと今シーズンの距離感と時間線があまりにもいい加減に感じられる。
ドラゴン・ピットから王宮まで、一日に何度も往復できるほど近いのか、いかにドラゴンであろうともそんなに簡単に壁までたどりつけるのか。
と、細々としたことが気になる。
ファンタジー、この作品も異世界ファンタジーなのだけど、惑星に移住した人類と原住民、新たなる侵略者の戦いでありそこはSFの味付けがしてある。なのでリアリティを追求していたように思う。
多くのファンタジーの場合、箱庭的な広さ、ご都合主義的な時間間隔がある。それを避けるために現実の世界から少し変化した世界を構築する場合が多々ある。
かの『指輪物語』でも箱庭的な広さから脱し切れてないと思う。世界をまるごと構築する想像力はかなり疲弊する。
小さい世界で展開しながら、広大な世界を垣間見せるのがファンタジーのおもしろさであり、それが世界観であると思う。
こう考えてくると、そういう作品は少ないなと思う。『氷と炎の歌』は力業のようなところがあって、惑星まるごと構築するのかと思われるような凄さを感じる。
ドラマ版が先行しているので、本は書かれるかどうかわからなくなってしまった。
気長に待ちましょう。一作目から既に20年か。

Amazon 氷と炎の歌

Amazon ゲーム・オブ・スローンズ

2018年3月31日
パソコンが壊れた。
久々のことであった。6年ぶりか、液晶にムラが出ていたし、やばそうだなと思い、データはばっちりバックアップを取っておいた。
それでも操作中に液晶がおなくなりになったものだから、いくつか救えないファイルがあったのも確か。
再設定のめんどくさいこと、そもそもWindows10で動作保証をしていないツールをいくつも使っている。そのツール類がないとやっていけないのだ。悲しいことに。
それに前のパソコン、ノートであるが、ずっと「Ctrl」キーが壊れていてかなりキー設定を変えていた。
おかげで変なくせがついている。ともかく繋ぎのノートパソコンはなんとかなったわけだが、DELLである。またDELLかよと思いつつ、一度ぶっ壊しているのであるが廉価版はさすがにおもちゃみたい。
恰好良いものは求めていない、実用一点で使えればいい。
マイクロソフト標準のソフトを使うとこれはどこにあるのかと迷うことが多い。「Outlook」などいまだに良くわからない。
スピードもそこそこ、ゲームをするんじゃなきゃこれで十分。
メモリ増設の際、キーボードを取り外し、裏蓋もはずさなきゃいけないのは勘弁してほしい。これは非常識だ。パソコンを分解したことのないひとには大きなプレッシャーになる仕様だ。
Windowsもハードもブラックボックス化するのはないと思う。開けるなということだろう。
BIOS設定が勝手にWindows仕様になっている部分もある。
BIOSは、たいていのパソコンにある。非常に簡略化されているのもある。大昔はAMIかAWARDくらいだった。
起動時のロゴが出たところでF2やらF12を押せば現れる。あれ、ずいぶん細かいなと思ったが、よく見ると必要のないものばかり。こんなものをいじってもとても効果はあるまいなとファンクションキーを使えるように設定した。
しかしえらく時間かかった。

今回、少し毒気を抜かれてしまった。無くてもなんとかなるんだったら、そんなに気合を入れてもと思った次第。
ともかく、がんばるべえ

2018年3月25日
やっと落ちていた翻訳本リストの登録の終了が見えてきたような気がする。
収録し直すかと思い始めて、一年半、まだ道半ばではあるけれど。
ビジネス本である。
PHP研究所(PHP Institute)日本経済新聞社CCCメディアハウス(CCC Media House)ダイヤモンド社(DiamondSha)ディスカヴァー・トゥエンティワン(Discover21)東洋経済新報社(Toyo Keizai Inc.)
しかし、良く出ているということは、売れているということでもある。
内容は人間関係と金に集約されるのであるが。
題名に、数字をつけるのが皆さん、お好きなようで、特に3、5、7の奇数、もしくは10が好きなようだ。この数字の組み合わせも好まれるようだ。
三人寄れば派閥ができるというのが人間の社会である。しかし書名だけ見ているだけでお腹一杯の気分にさせられるのはなぜだろう。
翻訳というフィルターがはいっていることを考えてみると、ある程度の水準に達しているんだろうなとは思うのだが…
日本の和書、特に新書は『なんとかの壁』以降、もしくは『人は見た目でどうのこうの』、『さおだけ屋はなぜ…』以降、親父の愚痴化は酷いものがある。
本屋で見れば見るほど、この本を誰が購入するのかと思える。特に職場うんぬん、若いもんの社会的特性うんぬん、昔はこうだったうんぬん、それらは居酒屋の親父の愚痴レベルであろうし、啓蒙ではなく、下劣な共感を求めているように感じられるのは何故。
出版は文化であり、それなりに世に問うものでもあるとは思うのだが、商業主義に走りがちな中だが、儲けなければ会社ではないは真実であり、それゆえ90%は葛であるわけであって、金を儲ける手段としての作品と、本気で取り組む作品とがあるのは致し方ないとは思う。
さて、『世の中の99%は金で解決できる、しかし残り1%が問題だ』という本は売れると思いますか。

ビジネス本の多くは、一行に集約されるのではないかと思える。事例の中からいかにコア・コンピタンスを見つけるかと似ているように思う。
行動か、知識か、最初に行動あり、それが知識により体系化されるのが大事であると思う。
しかし、会社研修でそんなことはひとつも出ない。
なぜなら会社は自社に不利なことは従業員に教えず、会社に有利なことしか教育しようとしないから。
そんなことばかり繰り返していると、どこかで破綻すると思えるのだが…米百俵の精神はどこへやら。

2018年3月10日
ようやく映画『メッセージ』を見る。評判はよかったし、おもしろい。
コミュニケーションの物語だ。出てくる宇宙船が「ばかうけ」だとか言われているが、わたしはカビ付けした鰹節だなと思った。
鰹節のような味がある。
『あなたの人生の物語』 テッド・チャン(Ted Chiang)が、原作。読んではいるのだが、まったく思い出せないのは情けない。
「理解」とかそちらの方がおもしろかったといううっすらとした記憶のみ。
映画は異星人とのファースト・コンタクトに始まる。なかなか言語での会話がかみ合わない。人間がどういうものかわかっているのなら、それなりに準備してやってくればいいのにと思うのだが、と最後まで見ると思ってしまう。
悲しい物語を含みながらも、楽しませていただきました。

『風から水へ』鈴木宏 論創社、出版人の回想録がここ2、3年よく出版されているように思う。その中の一冊。
このサイトを作る過程で知った出版社が書肆風の薔薇、のちの水声社である。ラテンアメリカ文学のリストをまとめるなかで、知った。
ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel García Márquesz)の著名な『百年の孤独』は途中で挫折したまま、あまりいいラテン・アメリカ文学の読み手ではないのだが、実は気になる。
そのうちにと思っているうちに、機会を逃すんだよね。
水声社の社長のインタビューである。前半は半生であるが後半は零細出版社の内情である。外文(外国文学)の愛読者は一説には3000人ともいわれている。つまり金を出して本を購入するファンが。
数値的なデータをよく見ると、それも頷けるような結果である。
外文読みはいかに少ないのか、コアなSFファンも似たようなものかもしれないが。
水声社を意識したのは『煙滅』 ジョルジュ・ペレック(Georges Perec)である。この作品、リポグラムという文字落としの技巧を使って書かれた作品。
ペレックはフランス人で「e」を使わない作品を書いた、フランス語では「e」を多用する。そんな実験作を翻訳してしまったのも凄い。「い」の段を使わないそうである。
実は読んでない。購入しようとしたら、本が高い。買おう買おうと思いつつ、すでに7年経過。
ついね、読まねばと思っているものが多いのです。
『風から水へ』の中には、ずいぶん気づかされることが多かった。零細企業の社長は、本業では一社員として稼げる手段、もしくは外で給料を稼ぐ手段を持たないといけないものなんだなと改めて思わされた。
夢の印税生活などと呑気に言えない、情熱あふれる方々に支えられているということもよくわかる。
赤裸々に描かれた一冊。ちょいと積読をしていたんですが、素晴らしいです。

Amazon メッセージ

Amazon 風から水へ

Amazon ガブリエル・ガルシア=マルケス

Amazon ジョルジュ・ペレック

2018年3月3日
子どもの頃、『エイトマン』が好きだった。石森章太郎の『幻魔大戦』も好きだった。漫画は途中で中断し、この「月」はどうなるのだと思っていた。
それから10年ほど立って、その続きを読めるとは思わなかったが、なんか違うよねと、思った。あらぬ方向に物語は進みはじめ、あっという間にとんでもない事態になってしまった。

平井和正。情念の作家、SF的なガジェットを駆使するが、基本的にSFではないというイメージだった。しかし西村寿行のハードロマン、バイオレンスロマンものに先行することウルフガイシリーズは、平井和正に書かれるべきして書かれたようにも思う。
『日本SF傑作選4』には、平井和正の初期の短編と長編は収録されている。『超革中』が収録されていると勝手に思い込んでいたけれど、違いました。
再度、読んでみると、昔のイメージと変わらない。個人的に、こんな作品を書いてみたいと思った時期もあった。
『幻魔大戦』1万8000枚、『ウルフガイ』6000枚、『アダルト・ウルフガイ』5000枚、『地球樹の女神』6000枚、原稿用紙に換算してだそうだ。
「幻魔」は「真・幻魔」も含むとのこと。一冊600枚を本一冊として、『幻魔大戦』は30巻になる。現実には合わせると28巻であるが。
角川文庫版20巻、集英社文庫版では10巻、初期ヴァージョンは読んでいる。
当時は○幻(まるげん)(○の中に幻)と言って多少、いやかなり揶揄して言っていた時期もあった。
SFアドベンチャー(SF Adventure) 1979/Spring-1993/Summerは平井和正マガジンの様相を呈し、作品が掲載されていないと売り上げが落ちたそうだ。すでに伝説である。
初期の作品には、そののちの作品の萌芽があるというが、まさにそう思う。

Amazon 日本SF傑作選

Amazon 平井和正

Amazon 西村寿行

2018年2月25日
「おもしろい」
「おもしろくない」
考え方ひとつで、大きな変化を生み出せるものである。冬季オリンピックを見ると、ずいぶんポジティヴに考えて実行できる日本人が増えてきたんだなと思う。
すごいね、どちらかというと日本人て、総論めいて言ってしまうとまずいかもしれないけど、「おもしろくない」もしくは「失敗しちゃったら」が多いと思う。
「おもしろい」という方向性を持たないと何事もうまくいかないものなんだなと経験値を増やすと納得できてくるものである。
いや、すごい、素晴らしい。

『J・G・バラード短編全集』 The Complete Short Stories J. G. Ballard J・G・バラード(J. G. Ballard)が全五巻で完結した。やはり三巻めがいいと思う。

来月、ラリー・ニーヴン(Larry Niven)の傑作集が出るらしい。
壮大な世界を舞台にしているのだけど、6畳くらいのリビング・ルームで、床にはいっぱい「レゴ」のパーツがある。「レゴ」のパーツがなにやら組みあがっていくのだけど、なんかいびつで不細工、でも魅力にあふれていて、楽しそうに見える。
でも、まだ床には「レゴ」のパーツがいっぱい残っている。これどうするのかなと思っていると、そこで終わりだよ、みたいな作風。
それが素敵。
受賞作中心のようだけど、「無常の月」「太陽系辺境空域」「ホール・マン」なのだが、異星種族を書かせると抜群のオリジナリティを発揮する。それらも収録してね。

Amazon J・G・バラード短編全集

Amazon ラリー・ニーヴン

2018年2月18日
『SFが読みたい! 2018年版』
あいかわらず和物が読めてない。翻訳ものだけで手いっぱいである。読みたいなあと思うのはあるのだけど、つい後回しにしてしまう。
その翻訳ものだが、一位はクリストファー・プリースト(Christopher Priest)の『隣接界』、二位は『母の記憶に』 ケン・リュウ(Ken Liu)、三位は『エコープラクシア -反響動作』 ピーター・ワッツ(Peter Watts)となっている。
10位内では早川書房6冊、東京創元社が4冊、『無限の書』以外は読んでいるけど、『書架の探偵』 ジーン・ウルフ(Gene Wolfe)は、いまひとつ。
『ジャック・グラス伝 -宇宙的殺人者』 アダム・ロバーツ(Adam Charles Roberts)は、けっこうな掘り出し物。期待してなかったんだけど、おもしろかったです。
『アロウズ・オブ・タイム』 グレッグ・イーガン(Greg Egan)は直交三部作の最終巻、あいかわらず、わたしには訳がわからなかった。悲しい。
『巨神計画』 シルヴァン・ヌーヴェル(Sylvain Neuvel)は、題名の通り、巨大なお手てが見つかる部分は、なんともそそるものがあるのだが、どうもその書体に引っかかるところがあった。
実はケン・リュウかなとも思っていたんですが、プリーストでしたね。
プリースト、未訳の中でも『昏れゆく島へのフーガ』、そして改訳は『伝授者』、読みたいんですけど。
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』が評判いいので、やっぱりそうだよねと思っております。実は、個人的には一位と思っておりますが。
今年もいろいろ出てきそうです。国書刊行会には是非ともエールを!今年は寂しそうです。

Amazon SFが読みたい!

Amazon クリストファー・プリースト

Amazon ケン・リュウ

Amazon ピーター・ワッツ

Amazon ジーン・ウルフ

Amazon アダム・ロバーツ

Amazon グレッグ・イーガン

Amazon シルヴァン・ヌーヴェル

Amazon ジョー・ウォルトン

2018年2月11日
アーシュラ・K・ル=グインが亡くなった。1月22日。1929年だから昭和4年生まれである。
SF作家というよりファンタジー作家と思える。出世作は両性具有のゲセン人との冬の惑星の逃避行を描く『闇の左手』。ジェンダーという概念のない形、この場合、生物学的な性ではなく社会的な性差というべきであろう。
ル=グインの理想的な社会とはなんなのか、掴むのは容易であろうと思えるが、それを具体的にするのはどうすればいいのかが難しい。
『ゲド戦記』ではアイデンティティーの問題をはらんでおり、理想郷を追い求める姿が、より直接的に書かれているように思える。
最高作は何かと言われれば『所有せざる人々』であろうと思われる。ユートピアなのだろうなと思うが、納得できないものも感じられた。
のびやかな表現は中・短編に多い。本質的に短編作家ではないかと思われるところがある。
『世界の誕生日』から二年、ベスト作品集を組んでも充分に売れると思うのだが。
ハイニッシュ、ゲド戦記、賞受賞作、エッセイの4つから選んで傑作集ができる。中でもエッセイ・批評ははずしてほしくないなあ。

また、ひとつ巨星が消えた。哀しい。

Amazon アーシュラ・K・ル=グイン

2018年2月3日
雪に噴火に流失と、いろいろあった一週間。
先週、芥川賞と直木賞の発表があった。芥川賞作家や直木賞作家というと、それなりに売れたものだが、書籍も雑誌の売り上げも低迷している今、どういう状況なのかなと思える。
作家も二作目、三作目が勝負であり、一作目の焼き直しではいかんとも思う、魅力的なテーマで三作作り上げるのであるならばと思うが、
ジェフリー・アーチャー(Jeffrey Archer)という作家は三作目が勝負とみて、それぞれ違う趣向の作品を書きあげる。確かにそうなのだが、いかにもという感じでやられるとなんだかなと思ってしまう。
芥川賞は200枚前後の作品で、短めである。
中篇なのに、一冊作るのだが、仮に1000円(消費税抜き)としよう。印税は10%、一冊100円。初版5000とすると50万。5000は低いと思うかもしれないが、海外文学の翻訳ものでは3000だという話もある。
1万部印刷されれば100万。10万部で1千万である。道は厳しい。
夢の印税生活などと言える状況でもない。
コンスタントに売れる作品を上梓しないと、生きていくのも大変だ。当然のごとく作品を書くには、ほかの作家の作品も読まなければならないし、資料も必要だ。
インターネットがあるさだって、バカ言ってんでねえ、それこそ信憑性に乏しい。いや、こんなリストサイト作っていて、こんなこというのも本末転倒かもしれんが最終的には自分の眼で見るしかないのである。
某作家は売れるまで年収100万だったという話もある。認められるのは並大抵ではない。

人は年齢を重ねると、どうやら何か言いたいものらしい。今回の芥川賞の方も六十代である。わたしも来月六十代なので、実によくわかるし、何か言いたくなければ、こんなものを書かないだろうと思う。
『創作』という魅力的な単語にひかれ、六十代で芥川賞か、「よし俺も」と思うひとも多いかもしれない。
まずは、『自分史』。
日本の私小説、「ししょうせつ」、もしくは、「わたくししょうせつ」と読む。
現在の日本での小説は明治以降、海外ものの翻訳からスタートし、換骨奪胎された多くの作品から始まっている。そのためか日本独自のものをという熱い情熱が、この私小説という言い方を生み出したのではないかと個人的に思っている。
わたしの教育、もしくは読まされたものでは、あくまでも個人の想いをスタートにし、日々のなにげない描写を積み重ね、なんらかの境地に導くものは私小説と表するように考える。
どうしたって赤裸々に己をさらけ出さざるを得ないのである。
「嫌だ」と思うし、そのためらいの気持ちが『自分史』を間違った方向へ美化していく方向へと誘われるのである。
自分が自分を評価するのは難しい。
そう思うなら、やらない方がいい。

一時期、わたしも『創作』をしていた。SF、ホラー好きなので、その方向の作品である。書いてるなかで、全体の構成のシノプシスを書いてしまうと満足する傾向を発見し、そのあとの練り直しや文章の磨き上げ洗練していく過程を嫌がる自分を発見し、これは無理だなと思った次第。
それと、ひとは体験した以上のことは書けないのかなとも思った。それと決定的なことがある。
と、いうことでこれから『自分史』や『創作』をしようと思う六十代の方へ、必要条件はこれである。

「他人様からのきつい評価を嫌がるようなら、『自分史』や『創作』はするな!!」

Amazon 芥川賞作家

Amazon 直木賞作家

2018年1月28日
1、
ジョー・ウォルトン(Jo Walton)の『わたしの本当の子どもたち』を読む。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞(James Tiptree Jr Memorial Award)を受賞。ジェンダーとは言え、作品の背景にはいっているものごとに対してだろうけど、そこまで考えるよりも、当時はそうであったというべきなのではないかと思う。
作者もそこまで考えてのことではなく、物語としてどうなのかが問題となる。ジョー・ウォルトンの作品はこれで6冊目。安定した作品ばかりで、好感をずっと持っていたけど、今回も良かった。

2、
ケン・グリムウッドの『リプレイ』、人生をやり直したいという願望は誰もが持っているものである。それを直球で書かれた作品である。
どうもタイム・パラドックスやらなんやらのお約束事やパラレル・ワールドやらと物語の整合性に眼を向けがちなところの盲点を狙ったように、願望充足の面だけに焦点を当てた作品で、それがえらくおもしろい。
この分野の代表作になっている。もちろん、最近作でも『ハリー・オーガスト、15回目の人生』 クレア・ノース(Claire North)というこの分野に対する挑戦もある。
しかし、難しい面がある。単にリプレイだけではだめであって、一工夫しなければならない。そこが難しい。

1、
もし、あの時、こうだったらと思うことは多いだろう。人生は挫折の連続でもあるのだし、不幸、幸福の繰り返しでもある。心の持ちようなどと言われるが、それは慰めでしかないのだろう。
悶々とするよりも、割り切ったほうがはるかに楽である。
ふたつの人生がある。あるきっかけにより、ふたつに分かれたある女性の物語だ。そのきっかけなのかは分からないが、ふたつの人生と世界は、少しづつ違っていく。
どちらがいいのかは、わからない。冷静な筆致で進められていく物語だ。

2、
alternate history、歴史改変ものを言う。もし、これがなかったらという前提のもとで構築された世界を舞台にした作品である。
誰それが暗殺されなかったら、どうなるか、例えばジョン・F・ケネディがダラスに行かなかったらというのがアメリカ人好みでもある。これも直球勝負の力技のような作品もあるが、『11/22/63』 スティーヴン・キング(Stephen King)のような、何かずれ込んでいく作品もある。
ひとだけではなく、事故や災害もその歴史変容の原因になる場合も多い。

1、
この作品の肝は、主人公が1926年生まれという点だろう。大正15年、昭和元年(一週間しかないけども)生まれの主人公である。
激動の時代であり、ふたつの大戦と、大きなパラダイム・シフトを経験して生きていく女性の姿が対比されつつ描かれていく。
年齢とともに、変化してく生活環境に否定的でもなく肯定的でもない筆致で淡々と進んでいく。

2、
歴史改変ものの問題はユートピアかディストピアかの命題がある。これがなかったら、これがあったから、という肯定的な表現をしがちである。
小さく振れようが、大きく振れようが、歴史は落ち着くところに落ち着いていくらしい。
ひとつの歴史、ひとつの人生しか経験してないので、よくはわからないが、たぶん、違う世界で経験しても、あまり変わらないのではないかと思える。
たぶん。

3、
生きていくのは大変である。人間はなんて因果な生き物だろうと思う。
ささやかなことに喜びを見出しながら、「もし」というところをかろうじて生き抜いている。
『わたしの本当の子どもたち』には一抹の喜びと寂しさに感じるところがあった。これがSFかと言われると、ちと違うかなとは思うけど、素敵な作品であった。

Amazon わたしの本当の子どもたち

Amazon リプレイ

Amazon ハリー・オーガスト、15回目の人生

Amazon 11/22/63

2018年1月21日
ネットフリックスの『DEVILMAN crybaby』を視る。オリジナルアニメである。全10話、ネットフリックスのアニメの大量発注はあったというニュースが流れていたけれど、どうなのかなと思ってはいた。
『悪魔城ドラキュラ』がなんとも好みに合わなくて、困った。小説のときと、アニメでは脳内環境のスイッチの入り方が違う。ゆったりした流れも小説なら受け入れてしまうのだが、アニメでは「いらっとくる」という悪質極まりない視聴者でもある。
永井豪の『デビルマン』は映像化されるたびに見ているのだが、今回も一抹の不安感はあった。けど、いい方向に裏切ってくれた。
原作は傑作である。ぶっ飛んだ記憶がある。魔王ダンテとどっちを先に読んだのかが不明ではあるが。
劇画調のアニメを期待するとだめ、オープニングの電気グルーヴの曲が耳に残り、アニメもどことなくアメリカンテイストで、ストーリーは比較的原作に忠実、オリジナルな部分もすんなり受け入れられる。
原作は原作でという部分は感じられて、好意的に解釈した。
アニメとして、おもしろい。絵が嫌いと言われるとだめかもしれないが、世界的に受け入れられる要素を多くしたのかなとは思いつつも、日本的なアニメが息づいているようにも思える。
この出来で、次々と出てくるとしたら、怖ろしいものが出来上がる可能性がある。
ネット配信畏るべし。期待しましょう。

瓦礫と化した地球で、たったひとり生き残った男はどう生きるべきか?
アルフレッド・ベスター(Alfred Bester)の『イヴのいないアダム』である。河出書房新社で出た版に二編追加して、創元SF文庫より出た。
表題の「イヴのいないアダム」は「万華鏡」 Kaleidoscope レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)と同じくらいの衝撃を与えてくれた。
最初に読んだのは、『時間と空間の冒険』 Adventures in Time and Space editor:R・J・ヒーリィ(Raymond J. Healy)/J・F・マッコーマス(J. Francis McComas)ででしたが。
このアンソロジー、ほぼ様々な本で読めるようになったけど、傑作アンソロジーとして再刊できないかな。無理なお願いだと思うのだが。
ベスターを改めて読んでみると、やはりアイデアよりもスタイルなんだなと再認識する。
恰好いいと思ったのは過去の話で、うーむ、古くなるのは致し方ないのかもしれないけど。もっとおもしろかったような気がする。
「願い星、叶い星」なんて、かってはいいなあと思ったのだけど、感性がすりきれたか。「地獄は永遠に」あまりおもしろくないのだけど、何か読み逃しているか。
う~む、代表作が一冊にまとまることはうれしいことなのだよ。
河出の奇想コレクション、文庫になっていないのがある。テリー・ビッスン(Terry Bisson)ゼナ・ヘンダースン(Zenna Henderson)あたりは、いいと思うんだけど。
パトリック・マグラア(Patrick McGrath)は必ずね。

Amazon イヴのいないアダム

Amazon レイ・ブラッドベリ

Amazon 時間と空間の冒険

Amazon テリー・ビッスン

Amazon ゼナ・ヘンダースン

Amazon パトリック・マグラア

2018年1月7日
「新青年」のデータを集めようとは考えている。もともと戦後の作品だけを対象にしようと考えていた。
戦前のデータは、かなり集めるのに苦労することもあり、とりあえずおいておく。が、それで済むわけもなく、一部の出版社は収録している。
ぼちぼち整理しないとと思っていたのだけど、博文館のデータも、何をどうすればいいのかがさっぱりわからない。
そもそも、その出版社が存在したのか、個人版なのかもわかりにくい。かなりな費用と時間を割かなければ不可能。ということで老後の楽しみとしている。
集英社、中川右介(なかがわ ゆうすけ)『江戸川乱歩と横溝正史』を読む。
江戸川乱歩は旧字体では江戸川亂歩である。このリストでも乱歩でいいのかと疑問は持っていた。戦後、ご本人が乱歩ろ使用しているのでかまわないだろうと思った。
この本でも明記してあり、ほっとする。ある時期からとなると分けなきゃいけないのかと思うと、その手間だけでも、ぞっとする。
乱歩も正史も黎明期の日本の探偵小説を支えたふたりであり、論理的な構築のミステリを得意とする。
一読して、あ、そういうことなんだと随分、勉強になりました。よく調べたなという項目もある。探偵小説というジャンルは、のちに推理小説となる、探偵という枠には収まらないということだろう。
横溝正史は一時期映画化がよくされていて『八つ墓村』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『獄門島』と、いまの50代から60代は見ているはずである。
乱歩は、もちろん明智小五郎である。わたしにとっては『怪人二十面相』である。最近ポプラ社で復刊されたので、懐かしい絵とともに手を取った方もいると思う。
晩年は紹介に傾注している。
江戸川乱歩アンソロジー、ミステリのおもしろさに改めて目を開かせてくれた『世界短篇傑作集』はすばらしい。
戦前から戦後にかけての動きがわかりやすくて、ここから派生的な調査をすると更におもしろいのではないかと思う。
今日泊亜蘭(きょうどまり あらん)との接点について、個人的にぎくりとした。そうか、あったんだよねと思わされた。
これは『今日泊亜蘭』を読まねばなるまい。作品はひととおり読んでます。
そう思わせる著作である。
ちなみにこの時代を俯瞰するには、『日本探偵小説全集』がよろしいです。全部初版で持ってたんだけど…

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

Amazon 江戸川乱歩と横溝正史

Amazon 世界短篇傑作集

Amazon 今日泊亜蘭

Amazon 日本探偵小説全集