2017年、夏読書

翻訳作品集成(Japanese Translation List) ameqlist

2017年、夏読書

2017年、君の名は

『君の名は。』を見る。
遅まきながら、ようやく見る。前半は『転校生』で、それに『たんぽぽ娘』 The Dandelion Girl ロバート・F・ヤング(Robert F. Young)の要素をプラスして、なおかつデザスター回避という大技をしこんでおいて、「キレ」よく落着させるというアクロバット。
無理がありすぎるよなと思いながらも、わかりすぎるくらいわかるラストに向かって、突っ走る。
や、墜ちるとわかっていても落ちるレミングみたいなものかいなと思いつつも、はまる。

個人的な想いだが日本映画やドラマの悪い部分は、結末の「キレ」の悪さだ。ぐだぐだと引っ張ることが多い。
映画も瞬間の芸術であって、ぐだぐだと説明するよりも映像を見せるべきだろう。多少の矛盾もなにもかも放り出して、潔く、切ってしまうことも必要だろうと思う。
ホラー映画では、わりと使われる「ブチッ」というくらいの勢いは必要だよなと思ってたけど。
マーク・トウェインの言葉だったか、短編小説は人生の断片を見せるというのがある。その輝きを感じさせるのが大事だということだが。
ラストの「キレ」で、大ヒットしたのだろう。もちろん丁寧な造りもあるし、クオリティの高さもある。
ラストシーンは実にアニメ的で、余韻嫋々として忘れ難し…

2017年、夏、野球そのさん

夏の予選も決まりつつ、今年の夏の高校野球も楽しめそう。
野球といえば漫画だ。右に『巨人の星』、左に『男どアホウ甲子園』、極北には『アストロ球団』で、王道は『ドカベン』という位置づけである。
魔球ものといえるものも多い。昔の少年漫画の一面には技術論的な部分もある。特に梶原一騎(高森朝雄)の『巨人の星』と『あしたのジョー』はその色合いが濃い。
だからこそ、なんだか難しい言い方の投げ方を言いたがるのかもしれない。俺の魔球だ。でも、結局シュートじゃないのと。
ずば抜けた能力の選手がひとりいると、チーム全体もレベルがあがるということもあるのだろう。
さて、ようやく本題の野球小説である。野球も動画なんだよね、ひいきのチームがあるかないかで、また見方も違ってしまう、それを小説にしてどうすると思われるかもしれない。
あるんだよね、これが。
『12人の指名打者 野球小説傑作選』 ジェイムズ・サーバー(James Thurber)/他が、よい例である。
アメリカの都会派雑誌の代表格『ニューヨーカー』には、野球ものと言えるものが多いようだ。
映画にもなった『フィールド・オブ・ドリームス』の原作『シューレス・ジョー』 Shoeless Joe W・P・キンセラ(W. P. Kinsella)
眼鏡のエピソードだけで映画を作ったんじゃないかと思える『メジャー・リーグ』、子ども向けの『がんばれベアーズ』
『赤毛のサウスポー』 The Sensuous Southpaw ポール・R・ロスワイラー(Paul R. Rothweiler)『素晴らしいアメリカ野球』 フィリップ・ロス(Philip Roth)というのもある。
日本では、あさのあつこの『バッテリー』、阿久悠『瀬戸内少年野球団』
変わり種では西村京太郎『消えたエース』に『消えた巨人軍』、西村京太郎はトラベルミステリー、十津川警部で有名だけど、初期の作品には消失ものが多い。
タンカーは消すは、都市は消すは、あげくのはてに、全日本人を誘拐するは、というとんでもトリックを書いている。
かんべむさし『決戦・日本シリーズ』は阪急と阪神が戦っていればという作品。個人的には懐かしい。
まだまだいっぱいあります。

Amazon 西村京太郎

Amazon かんべむさし

Amazon あさのあつこ

2017年、夏、野球そのに

野球論とビジネス論は相性が良いのかな、監督といってもオーナーが居て、選手が居て、所詮中間管理職に過ぎない。
多少失敗しても、部下の責任に押し付け、おれは悪くないとのたまう人間性の欠如した管理職とは違い、野球の監督は大変である。叩かれる、新聞にもファンにも、従う選手からも裏切られる。
悲惨である。それでも一度君臨するとおいしいらしく地位を離そうともしない。人脈にしがみつく媚びへつらいしながらも地位を確保しようとする。
名選手必ずしも名監督にはなれないとか、言われながらもやりたがる。
う~む、悪口に近いか、さてさてそんな監督でございますが、やっぱりなんか言いたくなるようでして、かのぼやきの野村監督の著作の多いこと、多いこと。
130冊以上あるようですね。最初のころの著作は、けっこう読ませていただきました。
原辰徳から江本孟紀、長嶋茂雄、王貞治。王貞治の著作が少ない。あまり見かけたことはないなと思っていたけど、びっくり。
珍しいところでは、桑田真澄、技術論は読みごたえがある。渡辺俊介の著作もよかった。
「ベンチがアホやから野球ができへん」正確には「あいつらアホやろう。オレの言うこと分からんのやから。野球できへんわ」とのこと。
名言は作られる。言った言葉は独り歩きしてしまい、本来の意味とは違う言葉に置き換わる。怖いねえ。

Amazon 野村克也

Amazon 原辰徳

Amazon 江本孟紀

Amazon 長嶋茂雄

Amazon 王貞治

Amazon 桑田真澄

Amazon 渡辺俊介

2017年、夏、野球そのいち

野球である。野球は筋書きのないドラマだ、だからリアルタイムがおもしろいと思われがちだが、文章にしたときに現実よりも活き活きと書かれることもある。
山際淳司に「江夏の21球」というドキュメントがある。1979年11月4日、大阪球場の近鉄対広島、3、4で広島が勝っていた。9回裏の攻防である。
ライブ映像を見ることができた幸運なひとりであるが、一体何をどうすれば、満塁、しかも大舞台でヒットもフライも打たれてはいけない状況で、いかに防ぐか。
可能性を探りながら少ないチャンスを活かす。勝負時には思考を表面に出してはいけない。
勝利者も、敗者も一世一代の勝負にはあとから語ることができる。その時には語れないことも時が語らせてくれるようになる。
脇役であっても長く語り継がれる物語の登場人物なれるのである。
わたしがノンフィクションを読むのはリアルタイムでない再構成された可能性を楽しめるから、「そうだったんだ」だけでない広がりを感じさせてくれる。
中でもスポーツノンフィクションはおもしろい。
野球は筋書のないドラマだ、だから後から検証する余地がある。
どんなスポーツでも、「もしあの時が…」がある、終わってからも楽しむ余裕を持つべきだろうと思うけど。
ロバート・ホワイティング(Robert Whiting)の諸作は、かなり楽しませていただいたものだ。比較文化論的な視点も多いけど、純粋に好きなんだなと思える。
『マネー・ボール -奇跡のチームをつくった男』 Money Ball マイケル・ルイス(Michael M. Lewis)、映画はむぅという感じだったが、本はおもしろい。

近藤唯之の著作には、ほんの少し疲れた時に読むとなごみになった。独特の表現と、前向きなスタイルは大好きであった。
玉木正之は、批判的な姿勢が心地よくも、またかと思うこともありであるが、公正な視点を保とうとしているように感じ取れなくもない。
今年のペナントレースは終わりに近いのかい。あまり盛り上がりなせんなあ。

Amazon 山際淳司

Amazon 近藤唯之

Amazon 玉木正之

2017年、夏、登山もの

暑い夏が来た。夏休みがほしいと思うのもいつものことだが、最低でも二週間くらいあるとうれしいのだけど。
夏と言えば、スポーツ、水泳、野球にゴルフに登山。
と、くると著作が多いのが登山もの。冒険ものでも圧倒的に登山の逃避行、追跡行が多い。特に雪山、人間なにかしら肉体的、精神的に酷使すると、その先に見えてくるものを書きたくなるらしい。
とても楽しいとは思えないものを追い求めることの快感は、だらけた酒飲みのわたしにはけっしてできないことの一つである。根性もないよなあ。
『山頂に立つ -登山家たちのサバイバル』 Epic editor:クリント・ウィリス(Clint Willis)は名作のおいしい部分の紹介アンソロジー。
かって、二見書房からこういう叢書が出ていた。
The Mountains 1965-1968年
海外山岳名著シリーズ 1971-1978年
あかね書房は、世界山岳名著全集 1966-1968年というのを出してます。
昭和30年代に登山ブームがありました。歌声喫茶などでいっぱい歌われたのでしょうね。山男や山をモチーフにしたものはフォーク・ソングでも多い。
ワンダーフォーゲルという名称になったころ、登山部、山岳部とはまた違う楽しみを求めてきたのでしょう。
ベースボール・マガジン社も野球ばかりでなく、さまざまなスポーツの叢書を出してます。山岳名著選集 1976-1978年これもそのひとつ。
当時、重装備で汗臭い男の世界から、山ガールが出現し、現在は高齢者の登山も流行っている。自然と向き合うわけだから、当然危険はつきものだ。
わたしは大丈夫という思い込みは高齢者によくみられる思考パターンだが、そんな罠にはまっていると謙虚に捉えて、万全の準備を整えていくべきである。
山は昔から変化はなく、変わったのは装備と登頂するルートの改善でしかない。人間の体力も変わっていないのだから。

Amazon 山岳名著

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