ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)
Producer:雨宮孝(Amemiya Takashi)
fandom name:AMEQ
since: 1997/ 4/ 8
2025年3月14日
『響け!ユーフォニアム』が良くて、あまり堂々と書くのも気が引けるかなと思っていたけど、実にいい作品なんだ。原作は武田綾乃、登場人物たちが、きめ細かくひとりひとりの掘り下げ方も実によかった。
その武田綾乃が原作のマンガが、『花は咲く、修羅の如く』である。ユーフォニアムでも、地味な低音楽器を扱っていたけど、ここでも放送部というマイナーぶりである。
アニメ化されて、地味過ぎて見る気になれなかったが、なんとなく評判が良いので、見始めてみた。
いや、反省、素晴らしい。
改めて、その実力を知りました。
びっくり。
と、いうことで身辺では会社辞めた。なんというか、まあ合わない会社であった。年齢も年齢なんで、もはや合わない会社は無理することもない。
とは、いうものの別の会社を探してるけどね、今回はふたつあるうちの、片方を選んだんだけど、わたしの目は節穴だったようだ。年齢も年齢なのに、無理してでもやってやろうじゃないかという欲を出したのが、最悪の結果であった。年齢相応に無理はしない、無茶はしない、できることだけをコツコツという基本的な姿勢を間違えて、欲を出したばかりにお互いに無駄なことになってしまった。
反省。
「花は咲く、修羅の如く」、年齢とともに「花は散る、無理はしない」で行くべきだったか。
2025年2月27日
あいかわらず、読めず、四苦八苦、現在の仕事が、まったくおもしろくないので、読む気も起こらず。
仕事が楽しいわけがないのはわかっちゃいるけど、どうもなあ、と、いうことで、前から読んでいたコミックをご紹介。
『アオイホノオ』 島本和彦
ほぼ同世代で、書いてある内容は実によくわかる。大学時代からはじまって、連載を少年サンデーではじめた自己語りの物語だが、正直、『炎の転校生』を読んだとき、「心に棚をつくれ」で、なんというセンスなんだと思い、こんなに絵も下手で、明らかに消え去るよなと思ったもんだ。
人間わからんもんやね、しかし、偉大な才能をまじかに見ていながら、負けるもんかというか、自分には自分の世界があるというか、20巻くらいからおもしろくなった。
特に、アシスタントのマウント武士とのからみがいい、創作の部分だが、80年代の猥雑な雰囲気といい、その際の時事ネタには、にやにやしながら読んでしまう。
しかし、改めて思うと、1980年代はおもしろい時代だったんだなと感じる。
自分も、それに感化されて、こんなリストを作ったわけだから、あの時代は忘れがたいものだ。
2025年2月14日
『死の虫 ツツガムシ病との闘い』 小林照幸 中公文庫を、読む。
勢いで読んでしまった。現在も続く病いとの闘い、現在も闘病者が出ていることに驚く。
母の実家が、群馬県子持村で、子供の頃、邪魔扱いされて、母の実家に夏休み中、預けられたことがある。鈍くさいガキだったのは間違いないのである。お蚕様を育てていたが、かなり貧しかったのはわかっていた。
たぶん、現金収入がなかったので、預かってくれたら、なんぼか金を払っていたと思う。お金を与えるのではなくて、なんらかの見返りを提供するのは、商売の基本だろう。またプライドもあったろうと思う。
母の実家は、江戸時代まで生糸の商売をやっていたらしいが、祖父が亡くなって没落したらしい。
鈍くさいガキのわたしが、桑の葉を与え、夜に活発に動く、その様は、なんかしらの感情に影響を落としている。神奈川県藤沢の叔父の家にも預けられたが、その時の海の音と、桑を食べる蚕の音とが、妙に似ているなと思ったものである。牛を一頭飼っており、馬もいたらしいが、その肥溜めに落ちたり、毎日毎日、うどんと、なすの漬物に文句言ったり、この地方、うどんと汁、なすの漬物で食す習慣があった。
米が取れないところが多かったせいだろう。毎日、うどんを踏まされた。
田舎ぐらしをしたというほどではないが、経験させてもらったというところだろう。第二の日本国家といわれる「ふるさと」という曲を聞いたり、歌ったりするたびに、この母の実家の山と川、夕焼けを思い出す。
懐かしい。しかし、虫は怖い、実際に危険なめにあったことはないが、変な茂みにははいらない、余計なことをしないというのは、厳しく言われたことを思い出す。
思わぬ病気の可能性があるからだ。
ま、しかし、そんな不安ばかりを持っていても、何もできない。戦ってきたご先祖様に感謝し、別のややこしさに見舞われている現在を生きていこう。
2025年1月20日
『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』 小林照幸 新潮文庫を、読む。
1980年代、90年代と、出張で山梨全域へよく行っていた。当時、地場業者が強く、商売をしにくいところとは聞いていたが、「雨宮」という姓のおかげで、少し助かっていた。
いや、ご先祖様は山梨なんだろうけど、海老名雨宮氏の末裔であり、いまは東京である。そんなことをあえて言うまでもなく、にこにこしていれば、なんとかなったものである。出張はよく車で行っていた。勝沼を過ぎ、一宮御坂から甲府南までの直線路が好きだった。一宮御坂で降りて笛吹市から、富士山を背に、甲府盆地を見下ろすと、今の時期、凛と凍り付くような空気のなかで、その雄大な風景は忘れられない。
中巨摩郡の櫛形山で、蜂を追わされたり、蜂の子をご馳走になったりしました。台風一過のあと、大きい岩がゴロゴロしていて、その荒れ模様に驚愕したりしました。
笛吹川で、道に迷い、土手を走るはめになってしまい、いまのようにナビがあるわけじゃなく紙の地図とにらめっこしていたが、なかなか脱出できず、その草ぼうぼうの水路に立ち入り禁止の標識があり、「ああ、こんなところ誰が入るんだ」と思ったが、いま、思うと、死の貝がいたところだったんだと思い至った。
土地のひとから直接、聞いた記憶はないが、人づてに聞いたことはあった。
今回読んで、つい最近のことなんだと驚かされる。土地にある病との闘いの記録はすさまじく、また長い物語なんだと思う。接待をしながら、気のいいひとたちだなと思いながら、酒を飲んでいた頃に知っていたならば、もう少し違っていた気持ちを持っていたろうと思う。それと同時にご先祖様の闘いもあったであろうことは、想像がつく。素晴らしい作品だ。
2025年1月5日
あけましておめでとうございます。
2025年になりました。ほぼ一年間、あまり更新せずにきてました。
本業が忙しく、思うようになりませんでした。と、いうか、コロナ禍でもあり、過酷な状況が続き、気づけば自分も疲弊してました。
介護業界で、管理者兼送迎ドライバーとして働いてましたが、ここ三年ほど、地元貢献と思い、小規模多機能型居宅介護で、やってましたが、要介護が重い方が多く、苦労が多かったです。
さすがに、疲れ切り、デイサービスに切り替えようと考え、転職しました。65を過ぎての転職も楽ではありませんし、いろいろ構築しなおさなければならないもののあります。
特に、介護はチームワークが大事で、スタッフに鳴れるまでは相当な困難も生じます。それはそれでしかたのないことなんですが、いらぬ苦労を背負いこんだような気もします。
有給を取って、一か月、ゴロゴロしていたら、生活不活発病、いわゆる廃用症候群状態に陥りまして、さすがに、身体を使うことの大切さを学んだ次第です。
筋肉の落ちるスピードに、いまさらながらびっくりしました。
しかし、本は読めてません、が、アニメはいっぱい見ました。なかでも『ダンダダン』は何回も見てます。とくに声優の若山詩音さんの声が素晴らしいです。
『空の青さを知る人よ』からのファンです。いいですね、自然体の声が、、、気に入ってます。
また、がんばりますので、応援よろしくお願い致します。
ameqlist 翻訳作品集成は、作家別にまとめた翻訳作品リストが中核です。
SF、ホラー、ミステリ、文学等の海外作品の翻訳作品リストです。長篇だけでなく、中短編もわかるかぎり収録しました。
「あの作家の翻訳作品はもっとないのか!」、「この作家のあれは、なんという作品だったか!」に応えられることを目標にしております。
エラー、間違い等はご連絡ください。
海外人物名
Harry のような「ハリイ」「ハリー」の二種類の書き方がある場合、Stevenson のように「スティーヴンスン」「スティーブンソン」「スティーヴンソン」「スチーブンスン」等々、様々な表記がある場合、また、現在と過去の表記が違う場合もどうすればいいのでしょうか。子供向けの作品の場合、読みやすいように簡単な表記にしている場合もあります。
慣例となっている表記、また、できるかぎり個人的な美的感覚で選択している場合もあります。ご了解ください。
もうひとつ、表記の問題ですが、名姓の間の・、中黒で分ける方法です。
日本語の中での習慣ではあるが、美しいものではない。けど、ないと、わかりにくくなるのは確かで、しかたなく使用しています。
昨今、空白「 」で使用する場合もありますが、やはり、わかりにくい。異国文化を日本文化に変換するための、ツールとして判断しております。
ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel García Márquesz)のように、=(ダブルハイフン)、-の場合ですが、どちらも全角の=で表記してます。
日本人名
日本語、()内にローマ字表記という形です。
ローマ字表記は、<姓、名>という表記にしました。
「進一」等の場合、Shin-ichiという表記で区切りとして「-」マークを入れました。「幸一」は、Kōichi。
姓の、「加藤」「伊藤」「佐藤」は、「Katō」「Itō」「Satō」、名前の「太郎」等も「Tarō」です。
「大橋」は、「Ōhashi」。「大野」は「Ōno」。この場合、「小野」「Ono」と混乱するためです。
「づ」は「du」。「ず」は「zu」としました。
「徹」「融」「達」等は、表記は「Tōru」と現状しております。
また「次郎」は「jirō」とう表記にしております。
確認できる作家名などの場合、著者の希望もある場合は、可能な限り、そうした表記にしています。様々な問題を含んでいると思われますが、ご容赦を。
名前をコード化しようということ自体が問題なのかもしれません。
作家名、作品名
サイト内で統一してます。理由は、メンテナンス上の問題です。
膨大な量に及ぶため、検索作業と、置換作業は欠かせません。そのために統一してあります。
文字コード
METAには、UTF-8を埋めこんでおります。
書籍コード・ISBN
ISBNは、国際標準化機構(ISO)の書籍コードです。
ISBN4(国番号)-XXXX(出版社記号)-XXXXXX(書名記号)-X(チェック記号)
国番号、4は日本です。出版社記号は、二桁以上で出版社固有の数字です。書名記号は、出版された本に固有の数字です。
チェック記号は、ISBNが正しく設定されているかのチェックをするためのものです。
2007年1月以降、13桁に変更され、現在は、ISBN978-4-出版社番号-書名記号-チェック記号になっています。
ISBNにつきましては、全書籍の調査が困難なため、または過去、出版された本には未記載のため、記載されていない場合もあります。
サイト構造
現在、44,000ファイル以上、あります。
特殊なリンクの使い方をしているため、適確にリンク先に繋がるために、少々工夫してあります。
アンカーを仕込んでいるのに、最後の方がうまく表示されないので、ファイルごとに最後の方に空白を仕込んであります。
書類でいうところの「備考」、技術的にいうならばエレベーターの「釣り合い重り」とでも思ってください。