ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)

2024年

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2025年12月31日

今年は前半は本当に大変で、ひどいめにあった。後半は体調に悩まされ、四苦八苦しながら現在に到達した。
体質的に年齢的に変化しているのだろう。アルコールもまったく受け付けなくなったし、健康に留意しながら生きなさいということだろうと思う。
来年もよろしくお願い致します。

2025年12月17日

ガイナックスの清算が終了したというニュースが流れた。無事、清算できてよかったというイメージが強い。
率直に言わせてもらうと、しかたないかなと思う。何回か直接会った経験から言うと、かなり、イケイケであり、それなりの胡散臭さもあるひとたちだなと、当時の時代もそんな感じがあり、90年代に向けてのバブル期の突進力が社会的にも優勢であった。
当時、確かに才能が一気に噴き出た感じもあり、また、そこに集結したように思う。漫才みたいなノリでしゃべくるふたりを見るに、これも才能なんだなと思った。
自分は、もう会社員でやっていたし、そこに飛び込む才能も勇気も持ち合わせていなかった。残念だなと思ったこともあるが、所詮は空中分解するしかなかった、制御系有能細胞の欠如であるのは間違いないが、しかし近くで、制御しようとしても、そこには高いハードルがあり、なおかつ強烈な個性を止めることなど無理というしかない。
一芸に秀でた庵野秀明氏が自己資産を費やして、責任を全うしようとしたのは、作品に対する愛だろう。なかなかできることではない。文化としての作品を後世に残せる形にしたかったにつきると思う。

あの時代の熱は、独特であり、いまの世界とはまったく違う。マクロスだって、腰振るアイドルの向こうで戦闘をするというおバカモード全開の、要するにやりすぎるくらいの冗談があんな作品になってしまうというのはリアルタイムで見ながら、なんということなんだと思ったもんだ。
でも、オネアミスの翼は、傑作だと思っている。派手さはないが、確かにすごい作品なんだなと思う。
ひとつの時代が終わるのに40年以上かかったということだ。超新星のように輝いた時代として、のちに書かれることになるんだろうと思われる。

2025年12月1日

ずーと、体調が悪くて悪くて、寒暖差でやられてしまい、いまもよれています。
頭も回らないのだが、ネットのセキュリティがまた厳しくなって、設定変更しましたが、しかし、これ本体を変えたり、二台で運用したりなどしようものなら、大変そうだな。
最近、気になっているのだが、中国からのアクセス数が増えたり減ったり、不気味な動きをしている。
中国作品の登録数は、ほぼしていないので、増える理由がわからない。いろんな国からアクセスされているのだけど、セキュリティは大事だね。
しかし、日本を警戒するのはわかるが、わたしのサイトがなんの影響があるんだと常に思う。自国の危機感は自国だけで、完結してほしい。中華思想の悪いところは「俺のいうことは全世界に影響を与える」という発想なんじゃないかと思う。
香港の火事が他に飛び火しないように、しかし悲惨な火事である。いまだに竹を使うのかと思わず、目を疑った。黙祷。

筒井康隆の『家族八景』を読む。たぶん4回目くらい、しかし、老後に読むと、ぎくっとするぐらい、老いと若さの問題が書かれていて驚く。ついでに、清原なつのの『家族八景』も読む。小説とコミックの違い、清原なつのの絵柄と合わせて、凄さが倍加している。特に「水蜜桃」、ぎょっとしたね。


2025年10月30日

あだち充にはまってしまい、いや、マンガなんですけどね、未読だった『H2』というマンガですが、三巻無料というブックライブの広告にはまりました。
ばかだなあ、金もないのなあといいいながら、読みました。『アオイホノオ』で、けっこう高橋留美子とともに名前のあがるマンガ家ですが、とうぜん『みゆき』とか『タッチ』とかは読んでるわけで、女性も男性もパターンが限られているなあと思ってました。金太郎あめみたいな安心感、どこから食べてもわかる味覚は、それなりに病みつきになるわけで、まったく読んでなかった『H2』にはまりました。
じじいになると、自分があまり経験しなかったものを、なんとなく追いたくなってしまうものです。
しかたないでしょ、もう身体動かすのも、頭働かせるのも、けっこう、よっこらしょの域にはいってしまったんだから。
あだち充節ですなあ、作者が迷いながら、苦労しながら、物語をつないでいくのがよくわかるのがおもしろい、このへんまでは、こっちとこっちをくっつけようとしていたんだけど、なぜか登場人物がそう動かない、あげくのはてに、弊害になる人物の退場までつくってしまう、ある意味、これでいいんかいという物語になるのだが、絵柄がかわいいから、そう悲惨なことに感じにくいけど、残酷だとは思うのだけど。
明確に書かない曖昧さの勝利なんだろうけど、「曖昧を敵としては…」というところで、この甘さの毒さ加減がよ~くわかりました。
あの時代のドラマにしても、バラエティにしても、ありえない残酷さと残虐さにあふれてました。
なかでも、すげえなこれはと思ったドラマが『振り返れば奴がいる』、まさか、というドラマでした。おすすめはしませんけどね。

2025年10月13日

荻窪近辺を歩くことが多くなったが、しかし、あいかわらずラーメン屋が多い。昼だけやってる勝浦タンタン麺とか、おいしそうなんだけど、並ぶのは嫌。年中、並んでる人気店は避ける。
日高屋だって、悪くないと思うんだけど、これが店によって、日によって当たりはずれがある。はずれた場合、むかつく。レバニラが好きなんだよね、肝臓弱っているから、弱っている部位を食べたくなる。ハツばっか食べたくなってたときもあった。腎臓は簡単には喰えないよなあ
結局、「中央線文化祭」ってやるんかいな。トレース騒ぎで、逆に有名になったんじゃないのか。トレースするのはいいが、必要な許諾は得ておくべきでしたね。プロならば、伝説が落ちちゃショックでっせ。

町中華で、よく行っているのは、四面道の「光陽楼」、目立たない店だけど、ここの定食もいいけど、ふたつの食器がくっついた「つけめん」、なぜかよくわかりませんがはまっております。
あと、荻窪駅近くの「萬龍軒」、ここの「菜肉丼」とザーサイが効いた「ネギ塩ラーメン」けっこう行けます。安い、いろいろあって年内らしいけどね。
荻窪の北口近辺はのっぺりしてるから、歩きやすい。南になると、善福寺川に向かって下がる。
あいかわず北口近辺は細い道が多い。勘に頼って歩いていると、迷う。それぐらい、わかりにくい。今は、だいぶ家も整理されてきてるけど、昔は、もう少し、この道は通れるんですかねというところがあった。
とはいうものの、高円寺も阿佐ヶ谷も荻窪も似たようなもんだなあ。

2025年9月30日

なんとか生きている。歩かないと身体は弱る。弱ると、気力もなにもかもなくなっていく。まだ60代だし、そんなに老け込むわけでもないのだが、酒も抑え、食事も定期的に取り、歩く。
ちょっと前から考えると信じられない生活。それに年を取ると、なぜか、信心深くなる。
年取るって、こういうことかとしみじみ感じる。週5日で働くのはしんどくなってしまったが、まだ数日、働いている、これも70くらいまでかな、根性がなくなった。情けない。

長大な長編は読む気もおこらず、しかし、映画やアニメはよく見ている。その何分の一かを本に振り向ければいいのだが、そういうこともできていない。
それはそうと、最近のアニメは、玉石混交、似たようなものが多くなり、あきてきた。

生きる以上は、このサイトも更新していくつもりだ。しかし、そのあとはどうするか、真剣に考えなければならない時期にきてるのかもしれない。
AIに聞くと、けっこう実施困難な提案をされるが、そこまではできない。なにせ、ぼちぼち頭脳がついていけん。
このサイトをある時期でいっそのこと、予告して閉鎖するか、とも考えるが、ここまでやってきたことを、なくすのも惜しいしなあ、と逡巡している。
のんびり決めましょう。

2025年9月21日

『神の目の小さな塵』 The Mote in God's Eye ラリー・ニーヴン(Larry Niven)&ジェリー・パーネル(Jerry Pournelle)が、復刊される。
最初の翻訳時は、L・ニーヴン&J・パーネルとなっていて、当時、SFを読みはじめて数年、知識が少ないところから読んだものだから、なんかよくわからない作家だけど、すごいなというのが最初の印象。
このあと、『リングワールド』は出るわ、ノウンスペースの短編は訳されるわ、いっぱい出てきた。
作品は、ともかくモート人が出るまで、延々と長く人類帝国の話が続く。いまとなってはジェリー・パーネルのファルケンバーグものの、言ってはなんだが、アメリカの右寄り思想の、現在の某大統領かくありなんという世界を書いているわけだ。
そして、ニーヴンの変てこな異星人が登場する。いや、まあ、なんというか、妙ちくりんなデザインで、仲介者が現れる。
精緻な外交官であり、交渉力を持った異種族である。しかし、何かを隠しているのは間違いない。
それは何かという謎が展開される。はっきりいってしまえば、「臭いものにはふたをする」もしくは、「漬物は腐るまでつけておく」という独特のニーヴンのおふざけ精神とパーネルのばりばり右翼のくそ真面目さが融合した稀有な傑作である。
ある見方をすれば、爆発的な増加する危険性は、現実世界でも起こりえるわけで、破壊する方法がない場合は、封じこめる、あるいはないものと無視する、対応手段を作り出すまで時間を稼ぐ、と考えられるわけで、なんとなく植民地政策っぽさを見てしまえるのだけど、、、、

ニーヴンに偏れば『降伏の儀式』になり、パーネルに偏れば『悪魔のハンマー』になるという、ぎりぎりの危うさが魅力でもある。

翻訳は池央耿氏、あの『星を継ぐもの』の訳者でもある。
アシモフの『聖者の行進』 The Bicentennial Man and Other Stories アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)の「バイセンテニアルマン」で感じたのだけど、訳は、生真面目さとでもいうか、そういうものを感じる。
冗談を作品にしてしまう、おもちゃ箱をひっくり返して、部屋の真ん中でニコッと微笑むようなニーヴンだから、少し砕けた感じでもいいのかもしれないと思う。
ピンクの象さんが攻めてくる作品を、誰が書くんですかと、つくづく感じる。
続編も当然、出ますよねと言っておきたい。
しかし、ニーヴンも埋もれちゃったのは哀しい。

2025年6月18日

健康保険、住民税と、改めて、バイト状態になったんだけど、年金もらって、この状態はキツイ。まともに払ったら、半分以上を持っていかれるんだよ。
年金だって、すでに介護保険等、引かれているし、え、二万円配るよりも、もっと大事なことがあるでしょう。
まったく理解できない。政治家、いや政治商、そう、家じゃなくて商売だよね、日本人の好きな世襲制で、バカな殿様がノーノーとアホナこといいながら生きていく。これは、どんな政党でも同じことなんだろうなと思う。
だって、政治家を減らせって議員は誰も言ってないじゃん。地方政治でなりてがいない。違う、きっちりやれば評価してくれるシステムがあれば、ひとはやるよ。
アホみたいに二十年もしがみつかせるのは、実際、民主主義としての評価制度が整っていないからだと思う。選挙だけでない、直接的な評価を取り入れるようにしないと。
それこそ、選挙で禊が終わったなどと言わせないようにしないと。

いかん、過激になってしまった。
そうそう、今日は『ガンダム ジークアクス』だ。ぶっちゃけいうと、映画版の『ガンダム』、その続編の『Zガンダム』、『ZZガンダム』と見てしまったではないか。
一応、過去『ORIGIN』、『逆襲のシャア』も『閃光のハザウェイ』もみているのだが、今回のは、かなりカラー色が強くて、ひとの革新という部分を好き勝手に利用しているように思われる。
つまり第二のエヴァなんじゃないの。
キラキラを、受け入れらずにおかしくなってしまったビダンが普通であって、それを平然と受け入れられるのは、どちらかというと選民意識があるような気がしないでもない。エヴァにおいて、あのような結末になるのは、世間的に、受け入れがたいエスパー要素を、うやむやにするためにあったような気がする。
SFファン的に言うと、『逆スラン』だ。
ミュータント、普通とは違う卓越した力を持つものを嫌うストーリーだが、「SFファンはスランだ」の言葉も残っているが、それはファンであり、違う物語を紡ぎだせる能力を持つものが、世間的に理解されない、しかし、いまや、世間が自分たちに追いついてきている。
だとするならば、自由に物語っていいはずだという、雰囲気が漂う。
それは間違っていないとは思うのだが、しかし、それでいいのか。
なんとなく、今の政治家どもと似たようなキラキラを感じるのではあるが。
こんなこと書くと、いいのか悪いのか、まったくわからない、ただ、わたしの思うままだ。

2025年6月7日

体調を維持しながらの気力も維持というのが、すごく辛くなってきているのを感じます。ともかく、まずは歩く、これが大事。
目的もなく、ただ歩くのは辛いものだ。杉並も自然豊な地形と緑の多い土地なんで、日々の花を楽しみながら、歩いて仕事場に向かっています。
たまに荻窪まで出たりしながら、青梅街道を歩いていると『味噌っ子ふっく』なるラーメン店がありますが、これが平日の昼にも関わらず、並んでいる。わたしは、そんなにラーメンが好きでないので、並んでまで食べようとは思わない。しかし、毎日、目につくと、好奇心がむらむらと湧いてくる。「そんなにおいしいのか」という疑問だ。たぶんそのうち好奇心に負けるかもしれない。
『てもみラーメン十八番』は好きだが、ニンニクが強烈なんで、悩む。
もっぱら、北口の『萬龍軒』の「菜肉丼」にはまっている。餃子もおいしいけど、ごはんが食べたい。
なにやら、北口のバス広場が再開発されるらしい。タウンセブンの移転もあるらしい。あのごちゃごちゃ感がすきなのだが、そんなに遠くない未来に消え去るのかもしれない。しかし、戦後のバラックからの遺産で、相当、権利関係がややこしいと聞いたこともある。どうなるんだろう。

荻窪の文禄堂さんが6月15日に閉店だそうで、南口にいるおふくろのところに行くときには、寄っていた。大友克洋全集は、ここで買っていた。
旧あゆみブックス時代から、寄らせていただいてた。
高円寺の文禄堂さんは、中二階もある変わった造りだが、こちらは明日までらしい。
寄って、一冊購入したが、かなり棚がスカスカになっており、なんとなく物悲しい。また、一軒、本屋がなくなると思うと寄れるところが少なくなってしまう。レジ横の特集棚、文芸やビジネスの新刊や話題の書を眺めているのが好きだったが、悲しいものだ。

2025年4月29日

怒涛の一か月であった。良いことも悪いことも、いっぺんに押し寄せてきて、どうなっちゃうんだろうと思うくらい、戸惑っていた。
とりあえず、なんとか過ごすことができた。
ここに来て、最後の一撃に、喜ばしいことが。

『伊藤典夫評論集成』、ひとめ見て、かあちゃんが、叫び声をあげていた。どうも、本と認識できないらしい。大きさは理解しているが、その厚さと重さに理解が追いつかないらしい。
「しばらく陰干ししないとだめなんじゃないの」と、わけのわからないことをいう。干物じゃないんだから、体積が減るわけがない。中身もぎっしり。
「SF走査線」や「スキャナー」、SF宝石の書評や、マガジン掲載の評論は読んでいた。それ以外ははじめて。約半分くらい未読のもの。いや、まあ、いろいろ影響受けてんだなあ、改めて思った次第。
一番、びっくりしたのは、好きなものを好きなように書きまくっているのねということ。ずいぶん昔に読んだ「北アメリカの旅」を読んだときにも感じたが、自分のことでも、歯に衣着せぬ表現が、散見され、驚く。
しかし、まあ、予告が出てから数年、たぶん出ないんじゃないかなと思っていた一冊が出て、よかった、よかった。
そして、ありがとうございました。

2025年3月14日

『響け!ユーフォニアム』が良くて、あまり堂々と書くのも気が引けるかなと思っていたけど、実にいい作品なんだ。原作は武田綾乃、登場人物たちが、きめ細かくひとりひとりの掘り下げ方も実によかった。
その武田綾乃が原作のマンガが、『花は咲く、修羅の如く』である。ユーフォニアムでも、地味な低音楽器を扱っていたけど、ここでも放送部というマイナーぶりである。
アニメ化されて、地味過ぎて見る気になれなかったが、なんとなく評判が良いので、見始めてみた。
いや、反省、素晴らしい。
改めて、その実力を知りました。
びっくり。

と、いうことで身辺では会社辞めた。なんというか、まあ合わない会社であった。年齢も年齢なんで、もはや合わない会社は無理することもない。
とは、いうものの別の会社を探してるけどね、今回はふたつあるうちの、片方を選んだんだけど、わたしの目は節穴だったようだ。年齢も年齢なのに、無理してでもやってやろうじゃないかという欲を出したのが、最悪の結果であった。年齢相応に無理はしない、無茶はしない、できることだけをコツコツという基本的な姿勢を間違えて、欲を出したばかりにお互いに無駄なことになってしまった。
反省。
「花は咲く、修羅の如く」、年齢とともに「花は散る、無理はしない」で行くべきだったか。

2025年2月27日

あいかわらず、読めず、四苦八苦、現在の仕事が、まったくおもしろくないので、読む気も起こらず。
仕事が楽しいわけがないのはわかっちゃいるけど、どうもなあ、と、いうことで、前から読んでいたコミックをご紹介。

『アオイホノオ』 島本和彦

ほぼ同世代で、書いてある内容は実によくわかる。大学時代からはじまって、連載を少年サンデーではじめた自己語りの物語だが、正直、『炎の転校生』を読んだとき、「心に棚をつくれ」で、なんというセンスなんだと思い、こんなに絵も下手で、明らかに消え去るよなと思ったもんだ。
人間わからんもんやね、しかし、偉大な才能をまじかに見ていながら、負けるもんかというか、自分には自分の世界があるというか、20巻くらいからおもしろくなった。
特に、アシスタントのマウント武士とのからみがいい、創作の部分だが、80年代の猥雑な雰囲気といい、その際の時事ネタには、にやにやしながら読んでしまう。
しかし、改めて思うと、1980年代はおもしろい時代だったんだなと感じる。
自分も、それに感化されて、こんなリストを作ったわけだから、あの時代は忘れがたいものだ。

2025年2月14日

『死の虫 ツツガムシ病との闘い』 小林照幸 中公文庫を、読む。

勢いで読んでしまった。現在も続く病いとの闘い、現在も闘病者が出ていることに驚く。
母の実家が、群馬県子持村で、子供の頃、邪魔扱いされて、母の実家に夏休み中、預けられたことがある。鈍くさいガキだったのは間違いないのである。お蚕様を育てていたが、かなり貧しかったのはわかっていた。
たぶん、現金収入がなかったので、預かってくれたら、なんぼか金を払っていたと思う。お金を与えるのではなくて、なんらかの見返りを提供するのは、商売の基本だろう。またプライドもあったろうと思う。
母の実家は、江戸時代まで生糸の商売をやっていたらしいが、祖父が亡くなって没落したらしい。
鈍くさいガキのわたしが、桑の葉を与え、夜に活発に動く、その様は、なんかしらの感情に影響を落としている。神奈川県藤沢の叔父の家にも預けられたが、その時の海の音と、桑を食べる蚕の音とが、妙に似ているなと思ったものである。牛を一頭飼っており、馬もいたらしいが、その肥溜めに落ちたり、毎日毎日、うどんと、なすの漬物に文句言ったり、この地方、うどんと汁、なすの漬物で食す習慣があった。
米が取れないところが多かったせいだろう。毎日、うどんを踏まされた。
田舎ぐらしをしたというほどではないが、経験させてもらったというところだろう。第二の日本国家といわれる「ふるさと」という曲を聞いたり、歌ったりするたびに、この母の実家の山と川、夕焼けを思い出す。
懐かしい。しかし、虫は怖い、実際に危険なめにあったことはないが、変な茂みにははいらない、余計なことをしないというのは、厳しく言われたことを思い出す。
思わぬ病気の可能性があるからだ。
ま、しかし、そんな不安ばかりを持っていても、何もできない。戦ってきたご先祖様に感謝し、別のややこしさに見舞われている現在を生きていこう。

2025年1月20日

『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』 小林照幸 新潮文庫を、読む。

1980年代、90年代と、出張で山梨全域へよく行っていた。当時、地場業者が強く、商売をしにくいところとは聞いていたが、「雨宮」という姓のおかげで、少し助かっていた。
いや、ご先祖様は山梨なんだろうけど、海老名雨宮氏の末裔であり、いまは東京である。そんなことをあえて言うまでもなく、にこにこしていれば、なんとかなったものである。出張はよく車で行っていた。勝沼を過ぎ、一宮御坂から甲府南までの直線路が好きだった。一宮御坂で降りて笛吹市から、富士山を背に、甲府盆地を見下ろすと、今の時期、凛と凍り付くような空気のなかで、その雄大な風景は忘れられない。
中巨摩郡の櫛形山で、蜂を追わされたり、蜂の子をご馳走になったりしました。台風一過のあと、大きい岩がゴロゴロしていて、その荒れ模様に驚愕したりしました。
笛吹川で、道に迷い、土手を走るはめになってしまい、いまのようにナビがあるわけじゃなく紙の地図とにらめっこしていたが、なかなか脱出できず、その草ぼうぼうの水路に立ち入り禁止の標識があり、「ああ、こんなところ誰が入るんだ」と思ったが、いま、思うと、死の貝がいたところだったんだと思い至った。
土地のひとから直接、聞いた記憶はないが、人づてに聞いたことはあった。
今回読んで、つい最近のことなんだと驚かされる。土地にある病との闘いの記録はすさまじく、また長い物語なんだと思う。接待をしながら、気のいいひとたちだなと思いながら、酒を飲んでいた頃に知っていたならば、もう少し違っていた気持ちを持っていたろうと思う。それと同時にご先祖様の闘いもあったであろうことは、想像がつく。素晴らしい作品だ。

2025年1月5日

あけましておめでとうございます。
2025年になりました。ほぼ一年間、あまり更新せずにきてました。
本業が忙しく、思うようになりませんでした。と、いうか、コロナ禍でもあり、過酷な状況が続き、気づけば自分も疲弊してました。
介護業界で、管理者兼送迎ドライバーとして働いてましたが、ここ三年ほど、地元貢献と思い、小規模多機能型居宅介護で、やってましたが、要介護が重い方が多く、苦労が多かったです。
さすがに、疲れ切り、デイサービスに切り替えようと考え、転職しました。65を過ぎての転職も楽ではありませんし、いろいろ構築しなおさなければならないもののあります。
特に、介護はチームワークが大事で、スタッフに鳴れるまでは相当な困難も生じます。それはそれでしかたのないことなんですが、いらぬ苦労を背負いこんだような気もします。
有給を取って、一か月、ゴロゴロしていたら、生活不活発病、いわゆる廃用症候群状態に陥りまして、さすがに、身体を使うことの大切さを学んだ次第です。
筋肉の落ちるスピードに、いまさらながらびっくりしました。
しかし、本は読めてません、が、アニメはいっぱい見ました。なかでも『ダンダダン』は何回も見てます。とくに声優の若山詩音さんの声が素晴らしいです。
『空の青さを知る人よ』からのファンです。いいですね、自然体の声が、、、気に入ってます。
また、がんばりますので、応援よろしくお願い致します。